[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今年最後の映画のピックアップは、2012年1月1日、元旦公開となりますヴィゴ・モーテンセン主演映画『善き人』です。1930年、ヒトラーが独裁政権を握っていたドイツを舞台に、善良な男が時代の波に押し切られ、さまざまな選択を迫られる物語です。

この映画、演劇ファンにはおなじみの原作でもあります。C・P・テイラーの原作による舞台は、世界中で上演されており、日本では2004年パルコ・プロデュース作品として「GOOD」というタイトルで上演されました。映画でヴィゴ・モーテンセンが演じている文学教授役を西村雅彦、ジェイソン・アイザックスが演じている精神科医を益岡徹が演じており、タイトルとキャストを聞いて「ああ、あれか~」と思う演劇ファンがいるかもしれません。

何度も舞台化されたお芝居ですが、なぜかこれまで映画化に着手する映画人はいませんでした。なぜなら、この作品は時間軸が突然飛んだり、登場人物が突然歌い出すなど、演劇ならではのパフォーマンスが多く取り入れられ「映像化は難しい」と言われていた作品なのです。

では、なぜ映画化できたのでしょうか?

この作品が映画化された理由のひとつにヒトラーの独裁政治下のドラマというのがあったと思われます。本作は、正しい道を歩みたいと思いながらも、長いものに巻かれてしまう人間の弱さを描いた作品。この時代のドイツを描いた映画は本当にたくさん作られています。それは独裁政権下での人間ドラマは胸をしめつけられる感動があり、それが多くの人を劇場に向かわせる力を持っているからです。

本作でも、ヴィゴ演じる主人公は、自分が書いた小説をヒトラーに気に入られたばかりに、本人の意に反してナチの中で優遇され、それを甘んじて受け入れてしまう男。しかし、そのせいで、ユダヤ人の大切な友人を裏切ることになります。党員だけれど、身を切られる思いに打ちひしがれる主人公は、またひとつ独裁政治の被害者でもあるのです。

ヒトラー時代の映画は、ナチは悪、ユダヤは被害者ときっぱり線引きをしている映画が多いのですが、本作のようにひねりをきかせて、ナチの中にも善人はいた……と描くものもあり、いろいろな解釈でドラマができるのも利点なのでしょう。

それにしても、このようなしシブい映画が1月1日元旦公開だなんて! 配給会社は思い切ったことをしたものです。

宣伝部にちょっと聞いてみたところ「有楽町スバル座の65周年記念作品ですし、元旦に人生をしっかり考えられる作品も見るのもいいことだと思います!」とのこと。なるほど~。スタッフもみな“善き人”なのですね。

(映画ライター=斎藤香

2012年1月1日公開
監督:ヴィンセンテ・アモリン
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジェイソン・アイザックス、ジョディ・ウィッテカー、スティーヴン・マッキントッシュほか
(C)2007 Good Films Ltd.