[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今週のピックアップは、韓国映画『チェイサー』で映画ファンを震撼させたナ・ホンジン監督の新作『哀しき獣』です。『チェイサー』を超える作品なんてあるの? と思ったら、同じアクションサスペンス、同じ追跡劇でありながら、まったく趣の違う作品になっているのでビックリです!

主人公は延辺朝鮮族自治州・延吉でタクシー運転手をやっている朝鮮族のグナム(ハ・ジョンウ)。生活が苦しく、妻は韓国へ出稼ぎに、娘は母親に預けています。しかし、妻の韓国入国資金のため借金をしたグナムは、そのお金を返せないためどんどん追い詰められていき、ついに犬商人ミョン(キム・ユンソク)の「韓国である男を殺してくれたら、借金を帳消しにする」という言葉にうなずいてしまうのです。それが地獄の始まりとは知らず……。

記者は無知で「延辺朝鮮族自治州」のことがわからなかったのですが、ここは北朝鮮とロシアに接する中国領で、40%が朝鮮族(韓国系中国人)。監督は取材でこの地を踏んだそうですが「まるで廃墟のようだった」と愕然としたそうです。「韓国へ出ていってしまう人が多く、老人と子どもしかいない。家族は崩壊しているし、社会が機能していないのです」と語っています。

調べてみたところ、延辺朝鮮族自治州の延吉市は観光ホテルもあり、街はにぎわい、また教育も盛んで優秀な人も数多くいるようです。しかし、マイノリティである朝鮮族の方々がどのような思いで暮らしているのか……。漢族の方が人口は多いですからね。このような映画が作られ、朝鮮族の主人公が追い詰められた状況に置かれているのを見ると、厳しい現実もあるように思います。

もともと監督は、この映画のエピソードを『チェイサー』に入れようとしていたのですが、プロデューサーに「映画が最初から最後まで血で真っ赤になってしまうし、危険だ!」と、却下されたそうです。それでも監督はやはり朝鮮族のことが忘れられず「多くの人が韓国に来ているのに、自分はそのことについて知らなすぎる!」と、いろいろリサーチを進めて、本作に着手することができたというわけです。

その監督のリサーチが最大に活かされているのがアクションシーン。本作のアクションに銃を使ったドンパチはなく、武器は鋭利な刃物、斧! その筋の人たちは、本業があるので、ケンカになると電話で「集合!」と呼ばれ、各自リュックに斧なら刃物やら、相手にダメージを与える武器をつめこんで、ケンカに行くんだそう。生きていくために暴力が日常、フツーに存在するというわけで。その怖さはバイオレンスシーンに生々しく現れていました。怖いし、痛いし、もぉ……。

『チェイサー』はハリウッドでレオナルド・ディカプリオが映画化権を獲得したそうですが、本作はフォックス・インターナショナル・プロダクションが出資しており、フォックスはナ・ホンジン監督によるハリウッド版リメイク&続編の権利も獲得しているそうです。ハリウッド期待のナ・ホンジン監督! リメイクが作られる前に、ぜひオリジナルの『哀しき獣』を見て、ヒリヒリする心の痛みとゾクゾクするサスペンスを体感してください。

(映画ライター・斎藤香)


『哀しき獣』
1月7日公開
監督:ナ・ホンジン
出演:ハ・ジョンウ、キム・ユンソク、チョ・ソンハ、イ・チョルミン、カク・ピョンギュ、キム・イェウォン、タク・ソンウン、イエール、チョン・マンシク
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