アメリカン・ヒーローを一堂に集めた人気映画『アベンジャーズ』。その宣伝コピー「日本人よ、これが映画だ。」に対して作家の矢作俊彦氏が噛みついたのは記憶に新しいところです。

ハードボイルド小説のみならず、無駄な開発事業を批判するなど日本を憂うルポでも知られる矢作氏。CGを多用する派手な娯楽映画である『アベンジャーズ』が「これぞ本物の映画」と名乗っている、しかも「日本人に教えてやろう」という上から目線であるということに相当カチンと来たようで、ツイッターで「これほど不快な惹句を他に知らない。日本のスタッフが書いたなら、そいつを探し出して二重橋前で吊るしたい」などと辛辣な批判を浴びせました。

記者としては「なんて沸点の低い」と少し思う一方で、人によって趣向がひどく違う「映画」というものについて良し悪しを語るのは宗教論なみに難しいのでは、という感想を抱いたものです。特定のジャンルが好きな人は、それ以外のジャンルが理解できなかったりするもの。女子のなかには「バトルが見どころ」という映画に興味がない人も相当数いるわけで、その意味ではくだんのコピーからは「お前の観てるソレは映画じゃねえから」という「地獄のミサワ」調のニュアンスを感じてちょっと……というと裏読みのしすぎなのでしょうか?

さて矢作氏の怒りのツイートはこのあと、同映画の主人公をやり玉に挙げます。曰く、「7、80年前、君たちのおじいさんやひいおじいさんを無残に殺して勝ち誇ってた野郎だぞ」。それはいったい、どういうことなのでしょう?

映画『アベンジャーズ』の登場人物は、いずれも米マーベル・コミック社の誇る人気キャラたちです。現代の日本に例えると『ジャンプヒーロー大集合』といった感じでしょうか。主人公という位置づけのキャプテン・アメリカも同様にマ社のスーパーヒーローで、彼が初めて世に出たのは今から71年前、1941年のこと。

時は第2次世界大戦の真っ盛り。この時期のアメリカでは、1938年にDC社の『スーパーマン』が登場するなど、ヒーローもののコミックが一大ブームとなっていました。正義は勝つ、という筋書きに、戦時下の人々は熱狂したのです。

そんな雰囲気の中で登場したのが、全身アメリカ国旗デザインというナショナリズム満開のヒーロー『キャプテン・アメリカ』でした。病弱な愛国青年であったロジャース君が軍の人体実験に志願、超人として生まれ変わるというストーリーなのですが、ロジャース君=キャプテン・アメリカが戦うのは宇宙人や魔物などではなく、枢軸国であるドイツ……そして、この日本!

不倶戴天の敵である「ヒトラー」と、ナチスドイツの開発する謎の兵器。ドイツは敵キャラとして描きやすかったことでしょう。ただ、日本についてはボス格の強敵を登場させることができず、結果としてキャプテン・アメリカはごく普通の兵士たちを倒していくことになります。戦艦の上で、南洋諸島で、雪山で……わたしたちの祖父、あるいはその上の世代の人たちが圧倒的な力の犠牲になっていく。

正義のいでたちでわたしたちの祖先たちに銃口を向けたキャプテン・アメリカですが、自身が殺めた日本人が「戦争が終わったら愛しい妻と子のもとに帰るんだ」という願いを胸に戦っていたのだと知ったら、彼はいったい何を思うのでしょう?

さて、こうした話に登場する「日本人」は誰彼問わず醜い、悪辣な顔で描かれています。キャプテン・アメリカ(そして実際のアメリカ合衆国)に襲いかかる敵ですから、醜悪なものでなければならないのです。こうしたコミックを読んだ子供たちが、日本人を「下等で野蛮な化け物だ」と考えたであろうことは想像に難くありません。

戦争の恐ろしさは、まさしくそこにあると言えるでしょう。敵となった国に生きる人間を、人間として見なくなること。自分たちが正義だと決めつけて、疑わないこと。相手を叩きのめすことを快楽だと思うこと。そしてなにより、これら一連のことが、コミックを通じて子供にまで植えつけられたということ。

1945年に第2次世界大戦が終結したあと、スーパーヒーローものは人気が低迷、冬の時代を迎えます。ヒトラーや謎の東洋国というリアルな敵が消え去り、その代わりにギャングや魔物などの「倒されるために作られた敵」しかいなくなったことも、その原因でしょう。

現代の世界では、誰もが悪いと思う敵はいなくなってしまいました。「世界征服」や「世界滅亡」などを目指すことに意味はもはやなく、目論む「悪」はリアリティがない。それらの単語にはもはや、昭和の面影さえ漂います。

そんな今だからこそ、アメリカンヒーローたちの「黒歴史」も、見過ごすでもなく過剰反応するでもなく、それが人間の歴史なのだと客観的に捉えてみる。無力な人間と戦うはめになったヒーローたちと、ヒーローたちとまで戦うはめになった日本人のこと……夏の終わりに、少し考えてみるのも悪くないと思った記者でありました。

(文=秋津みち)

参照元:RETRONAUT “US COMIC BOOK PROPAGANDA, WWII”(http://goo.gl/E6GyA)ほか

▼日本軍の戦艦上にて。よくぞ逃げずにこんな怪物に立ち向かったものです……

▼秘密基地なのでしょうか。鳥居のようなデザインが見えます

▼南洋諸島にて。無力な一般兵を銃で撃ち戦車で轢く「スーパーヒーロー」

▼相棒のバッキーを救出……ほぼ中国、日本っぽいのは日章旗だけ

▼日本をあしざまに描こうとするあまり仏教まで醜悪に表現してしまいました

▼彼らは徴兵による兵士。限りなく無辜の一般市民に近いというのに

▼『スーパーマン』も参戦。操縦士さんはこのあと、家族のもとに帰れたのでしょうか

▼「戦時債券や寄付金つき切手を買ってキミもジャップをひっぱたこう」ですって

▼DC社のヒーロー『キャプテン・マーベル』は日本をまるごと壊そうと