映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのは、西川美和監督の最新作『夢売るふたり』。松たか子と阿部サダヲが夫婦で結婚詐欺を働くという人間ドラマでありラブストーリーでもあり、ゾっとするほど怖い、まさに衝撃作です。

飲み屋を営んでいた夫婦が、ちょっとした不注意と運の悪さで、店を全焼してしまいます。二人は人生やり直そうとしますが、けなげに頑張る妻に比べて、夫はやる気を見せません。そんなとき、夫はかつて自分の店の常連だった女性と浮気。別れ際に彼女は、不倫相手の家族からもらった手切れ金を彼に渡すのです。すぐに浮気と金に気付いた妻は、夫にはある才能があると考えて……。そして彼女は夫を結婚詐欺師にして、数々の寂しい女性からお金をまきあげていくのですが……。

いや~、女って怖い! それは松たか子が演じた妻だけでなく、この映画を作り上げた西川監督にも言えること。これは男には作れない映画だと思いました。男はここまで女を貶める話を作れないと思う。詐欺師の物語は、騙し騙されの楽しい映画になりがちだけど、この映画は違う。記者には妻が夫を詐欺師にしていくその心、鬼かと思いましたよ。言葉は悪いけど、夫に体を売らせているようなものですから。凄いな、この女。すごく悲しくてすごく悪い、稀代の悪女映画ですよ、これは!

このヒロインに松たか子を抜擢した理由を西川監督は、映画『告白』を見たときに、彼女は「悪役が似合う」と思い、この物語の映画化にあたって出演依頼をしたそうです。「夫婦のモラルも含めて、汚い話をやってもらうためには、松さんの品が必要だったのです」と。確かに! サラブレッド的な品のある彼女だからこそ、ひどい行為をするヒロインの行動にも、目を背けることなく、感情移入ができるのです。けなげな妻だったのに「なぜ!」という気持ちを見る者に抱かせることに成功しています。

西川監督の映画は、デビュー作の『蛇イチゴ』第二作の『ゆれる』ともに小さな家族や兄弟の深い心の奥底まで描いた物語でした。でも『ディア・ドクター』から世界が広がった気がします。登場人物が増え、いろいろなタイプの人物が西川映画の中でコミュニティを作って生きるようになりました。

本作もメインは結婚詐欺の夫婦だけど、騙される女性たちや関係する男などに多彩な人物を配置しています。伊勢谷友介、香川照之、笑福亭鶴瓶が脇役で出演と、キャストも華やかです。でも人気監督になり、作品規模が大きくなっても、西川監督は、必ず登場人物の誰かの心をえぐってきます。今回は夫を詐欺師にする妻。二人で理想の店を持つための結婚詐欺なのに、詐欺がうまくいくほどに、妻は孤独の蟻地獄に落ちていくのです。夢を叶えるというきれいな言葉の裏で、もろくも崩れていく夫婦の絆……。

本作はフィクションだけど、結婚に憧れがある人、夫婦に興味を持っている人、また女性に癒しを求めている男性が見たら、ちょっとショックかもしれない。西川監督は「ずっと男性が主人公の作品を描いてきたから、女性を描きたかった」と、本作に着手したそうですが、こんなに痛烈な映画になるとは!

ヒロインは悪女だけど、札束を持って高笑いするようなステレオタイプの悪女じゃありません。孤独に耐えながらも、普通の顔をして「頑張って」とばかりに、夫を女たちに差し向けているのです。そこが妙にリアルでだからこそ怖い。ヒロインをとことん追い詰める、西川監督初の女性映画は、まさにサディスティックな鋭さで輝いているのです。

(映画ライター=斎藤 香

『夢売るふたり』
9月8日公開
監督・脚本:西川美和
出演:松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵、江原由夏、
木村多江、やべきょうすけ、大堀こういち、倉科カナ、伊勢谷友介、
伊勢谷友介、古舘寛治、小林勝也、香川照之、笑福亭鶴瓶
(C)2012「夢売るふたり」製作委員会