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ちょっと高いけど自由度の高さでいえばタクシーという移動手段は史上最強。目的地を告げれば、黙っていても自動的に連れて行ってくれるのです。寝てても着きます。しかし、運転手さんが気さくに話しかけてきた時には、その話に耳を傾けてみるのも一つの楽しみです。

ということで今回は、わずか1メーターの距離の間に交わされた味のない会話を再現したいと思います。

寒さ厳しい午前0時過ぎ。私は小田急線の某駅から少し離れた場所で手をあげてタクシーを待っていました。すると「回送中」のタクシーが突如停車。空車じゃないのに乗せてくれるのかしら?

タクシー「いやー、手をあげて待っててくれたんですから、乗せないわけにはいきませんよ。こんなご時世ですし」

目的地を告げると、タクシーの運転手は話を続けます。

タクシー「駅のタクシー乗り場、タクシーが余っていませんでした? この時間になると、もうダメ。雨とか雪なら乗ってくれますが、最近は全然ですよ」

そんなタクシー乗り場に、タクシー待ちの行列ができる時間帯や駅もあります。小田急線なら経堂や登戸など。終電の停車駅や、終電で乗り継ぎ電車を逃したりした人が、タクシーを待って長い長い行列を作る場所です。しかし……!

タクシー「たしかに経堂とかは午前1時ごろに終電逃した人たちがタクシー行列ができますよね。でも、同時にタクシーも行列作るわけです」。

たしかにタクシー乗り場のロータリーには、タクシー自身も行列を作っています。1台、1台と順番にお客さんを乗せ、「私の乗るタクシーは……あれかな?」なんて確認するときもこのタイミング。

「たとえばお客さんが1時間くらいタクシーを待ったりする。私らタクシーも、1時間くらい待っていたりするわけです。それで1メーター710円の距離だと……正直、ガックシってなるんですよね。しょうがないんですけども」。

つまるところ、1時間かけて運賃710円しか稼げないと、かなりショックで厳しいのだと。

「だからね、私は “あえてタクシー乗り場” には行かなかったりするわけです。その近辺を流していたりする。すると、お客さん(私)みたいな人に出会える。1時間で2人に会えたら、ふたりとも1メーターだとしても1420円です。そのほうがいい気がしてね」。

最後に、タクシーの運転手さんはこんな話をしていました。

「私が空車でお客が拾えていないとき、対向車のタクシーとすれ違ったりしますよね。逆方向に走ってる。そんなとき、私は “どこまで乗せていくんだろう” って羨ましくなるんですよね。もしかしたら遠出なのかな。そしたらお金もいいわけです」。

目的地に到着し、なんとなく申し訳ないなと思いつつも、私は「1メーター710円」の料金を払いました」。しかし、タクシーの運転手さんは「いえいえ、もう諦めて回送してたところで乗ってくれたんです。本当にありがたいです!」と別れ際の挨拶。

なんてことのないタクシー車内の会話ですが、いろいろなタクシーの運転手と話していると、その人の “人生” が少しだけ垣間見える気になるのです。ある意味、タクシーの運転手さんたちは「咄家」(はなしか)なのかもしれません。車内は密閉された寄席なのかも。

(写真、文=ハトポン