[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは、感動作『ペコロスの母に会いに行く』です。認知症と診断された母との日々を綴った、岡野雄一さんの同名漫画の映画化です。
介護の日々を描いた映画と聞くとヘビィな内容を想像しがちですが、『ペコロスの母に会いに行く』は違います。認知症になった母と息子の日々はユーモアと愛情に彩られた、本当に心がほっこりなごむ映画なのです。
岡野ゆういち(岩松了)の父が亡くなってから、母みつえ(赤木春恵)の認知症は始まりました。父のためにお酒を買いに出かけて孫に連れ戻されたり、ゆういちが帰宅するのを真夜中までずっと駐車場で待っていたり、汚れた下着がタンスからたくさん出てきたり……。そんなことが続き、ゆういちはケアマネージャーのアドバイスで、みつえを介護施設に預けることに決めます。
みつえの記憶はどんどん過去へとさかのぼっていきます。みつえは幼馴染のたかよとちえこ(原田知世)が会いにきたとゆういちに語ります。「死んでからの方が、よく会いに来てくれる」とうれしそうな母を見つめながら、ゆういちは「ボケるのも悪くないな」と思い始めるのです。
この漫画は原作者である岡野さんの実話であり、原作の漫画は自費出版から火がついて大ヒットしました。その原作者である岡野さんにインタビューするチャンスを得た記者は、さっそくお話しを聞いてきました。
岡野さんは長崎在住の漫画家。ナイト系タウン誌の編集長をしていたときに書き溜めた漫画「ペコロスの玉手箱」「ペコロスの母に会いに行く」を自費出版すると、地元で大ヒット!
「SNSやフェイスブックで知り合いや読者のみなさんが応援してくれたおかげです。そのつてで、映画のプロデューサーの方が長崎まで会いに来てくれて、映画化のお話しが進みました。自分でも驚いています。あんな地味な漫画が売れたり、映画化されたりするなんて」
そもそも岡野さんは、お母様が認知症になったことさえ、最初はあまりわかっていなかったそうです。
「まだ認知症という言葉が一般的じゃなかったのです。13年前くらいですかね、母が骨折をして入院したとき、同室の方が、お母さんの受け答えが変だよって。当時、僕は “母は年だから忘れっぽくなったんだ” と、そう思いながら退院後も5、6年一緒に生活していました。でも、脳梗塞で倒れて、ケアマネージャーさんに認知症とその制度についていろいろお話を聞いて、初めて母は認知症であり、要介護5だということがわかったのです」
映画は、グループホームに入っているお母さん、酒癖の悪いお父さんに苦労させられる若き日のお母さんが描かれます。働き者のお母さんはチャキチャキしていてしっかり者。でも認知症になってからのお母さんはふんわり可愛いおばあちゃん。息子が帽子をかぶっていると誰だかわからず暴れ出すけれど、帽子を脱いで頭を見せると「ゆういち、ハゲチャビン!」といって愛情たっぷりにペチペチと頭をたたく。そんなお母さんを岡野さんは「かわいいおばあちゃんです」とうれしそうに話します。
「父が死んで、面倒を見る人がいなくなると、母はこの世から離れるようにボケていった。僕は、そんな母が可愛くて仕方がないんです。母は天草出身なのですが、いま気持ちは天草の少女時代に戻っています。幼馴染のことを話したり、牛のエサはどうした? とか言い出したりしてね。僕は介護しているつもりはないのです。ただボケて、ほどけていく母と一緒にいたいだけなんですよ」
「介護しなくちゃ」ではなく「一緒にいたい」という岡野さんの気持ちが漫画にも映画にも溢れています。
「介護している人は、その苦労は何もかもわかっていると思うんです。でもその苦労をちょっと楽にしてくれる、それがこの漫画や映画に求められていることかなと思います」
いつかは自分の親も介護が必要になるときが来るかもしれない。そんなときに抱える重い気持ちをフっと軽くしてくれるのが『ペコロスの母に会いに行く』。家族にやさしい気持ちになれるし、見終わったあと、家族の声を聞きたくなる……そんな素敵な映画です。
(映画ライター=斎藤 香)
『ペコロスの母に会いに行く』
2013年11月16日公開
原作: 岡野雄一
監督: 森﨑東
出演: 岩松了、赤木春恵、原田貴和子、加瀬亮、竹中直人、加瀬亮、温水洋一、大和田健介、松本若菜、原田知世、宇崎竜童、温水洋一、ほか
(c)2013「ペコロスの母に会いに行く」製作委員会
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