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マンデラ大統領の葬儀の手話通訳者がデタラメだったとか、失聴者を装った作曲家が、実はゴーストライターに作曲を依頼していたとか、最近騒がしい「聾(ろう)・失聴者」界隈。

でね、調べてみたら日本で使われている手話は「ルー大柴語」に近いとか、読唇術ですらすら会話をするのは超ムズイとか、いろんなことがわかったんです。

教えてくださったのは生まれつきのろう者で、手話が店内の公用語のカフェSign with Meを文京区本郷(東京大学の目と鼻の先)で営む柳匡裕さん。

【読唇術(聴覚口話法)って超ムズイ。ほとんどニュアンストークの世界】

「耳が聞こえない」と聞いて多くの人が考えるのは「口の動きを見て話を読み取る読唇術をやればいいんじゃない?」ってこと。でもね、読唇術ってものすごく難しいんです。たとえば「卵」と「タバコ」。鏡を見ながら言ってみるとわかるけれど、口の動きなんて全く同じ。

状況から「今、卵っていうわけないからタバコだよねー」と判断するのはもちろんできます。スポーツなどで身振りがあったり指示される内容がシンプルで想定できたり、事前に何を話しているかをしっかり把握していれば読唇術でもある程度は対応できるかも。

でも、ちょっと複雑なことになったら読唇術だけだとほぼ困難。特に件の作曲家は一番障害の等級が高い2級。つまりまったく音が聞こえないに等しい。そんななかでペラペラと会話できるとしたら、そりゃもう読唇術じゃなくて読心術を使っていたんじゃないかって話なんです。

【「手話」には「日本手話」と「日本語対応手話」がある】

では、ろう者はどうやって会話をしているのでしょうか。それが「手話(日本手話)」です。ろう者にとっての母語は「手話(日本手話)」。特に勉強しなくても、他のろう者が手話で会話しているのを見ているだけで自然に身に付くそうです。

この、ろう者にとっての母語である日本手話は、耳が聞こえる人が使っている日本語と、文法がかなり違います。たとえば、二重否定がなかったり、疑問の言葉は後に来たり。日本語で「まだ宿題はやっていません」「誰と一緒に行くのですか?」と言葉を日本手話にしようとすると、「宿題をやる、まだ」「一緒に行く、誰?」という語順になります。もちろん単語も、日本語と違います。

ところが、最初は耳が聞こえていたのに聞こえなくなった中途失聴者にとっては、日本手話はもう外国語並に難しいもの。そういった人たちのために「日本語対応手話」という、日本語を手話に置き換えたものがあります。つまり、日本には手話は2種類あるのです。

【日本でも手話がルー大柴語になることも!】

手話は2種類あるのに、一度に伝えられるのはどちらかだけ。しかも日本手話は外国語と同じくらい日本語と異なっています。そうなるとどういうことが起こるか。使う手話のタイプが違ってしまうと、相手の言葉が「ルー大柴語」みたいに聞こえてしまうこともあるのです。

あるろう関係者の方が教えてくれたのですが、「3+4は何ですか?」を手話にした場合、例えていえば「スリー たす フォー オール ハウ!?」みたいなルー語以上にぶっとんだ言葉に聞こえちゃうこともあるのだとか。マンデラ大統領の手話通訳者のように急に「ヤギがいっぱい」とか言い出すわけではなくても、情報源がルー語だとかなり大変。ろう者はせっかくの手話があっても、字幕に頼ることも多いのだとか。

【ろう者にとって、自分たちのイメージは「目」】

そんなろう者である柳さんにとって、耳は盲腸のように「退化した器官」にすぎません。3月3日「耳の日」に記事になるよりも、10月10日「目の日」に記事になる方がふさわしいかも……なんておっしゃっていました。

確かに、Sign with Meの店内は、手話でおしゃべりしたり、日本語で筆談したりと、目をよく活用しています。Sign with Meのロゴにも目のマークが。耳が聞こえないことを悲劇だと考えすぎるから失聴者をかたる人も出ちゃう。そうではなく、新しく豊かな世界が広がっていることを、Sign with Meだと感じられるはずですよ。

取材協力、写真提供=Sign with Me代表 柳匡裕さん
取材、文=FelixSayaka (c) Pouch

▼Sign with Me店内の様子▼

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▼Sign with Meロゴには目のマークが。▼

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