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自分が通う農村の小学校に、ある日外国からアーティストがやってきて、教室の白い壁に作品を描き始めた。泥を細かく砕いて絵の具を作っているので、細かく砕く作業を手伝ってあげると喜んで作品に使ってくれる。絵を描いているときにアーティストに近づいてみたら、手のひらに絵の具を塗って壁に押し付けて良いよと言われる。やってみると、アーティストはその手形に絵を付け足して鳥を描いてくれた。

別のアーティストからはビニールシートに何か夢を書いてほしいと言われる。夢を書いてアーティストに渡すと凧にしてくれた。芸術祭開催の日、その凧は他の何百人という子供の夢を描いた凧とともに連凧にされ、大空に舞い上がった。自分の学校に何千人もの見学者やマスコミが訪れ、自分たちが手伝った、自分たちの学校のアート作品を感心して見てくれる……。

こんな具合に、子供たちや学校を巻き込んだ本格的な芸術祭をインドで手がけているNPO団体が日本にありました。NPO法人ウォールアートプロジェクトです。

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■学校で行なわれる本格的な芸術祭

NPO法人ウォールアートプロジェクトは2010年から継続してインドの農村部の小学校でインドと日本の両国から活躍中のアーティストを招き、1年に1回、数千人規模の観客を動員する芸術祭を主催しています。冒頭で紹介した泥絵は、淺井裕介さんの作品。凧の作品は、遠藤一郎さんの作品です。

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アーティストは学校のある村に滞在し、教室の中で絵を描いたり、踊ったり、パフォーマンスをしたり。数十人のボランティアも日本からやってきて、芸術祭の開催に向けて力を注ぎます。子供たちは0から作り上げられる芸術作品を身近で見て制作に巻き込まれていき、次第に芸術祭のホストとして行動し始めます。アーティストの熱量、芸術祭を作り上げていく力、自分の学校を誇りに思う気持ちを感じていくに違いありません。
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■白い壁に戻すのは、「新しい始まり」のため

芸術祭が閉幕した数ヶ月後に作品は消されて学校の壁は白い壁に戻ります。消してしまう時期まで綿密に考えた作品なのです。作品の完成度を考えるともったいないようにも感じますが、次第にくたびれてぼろぼろになっていく絵が残るのは悲しいもの。また、白い壁を見たら子供たちが自分たちの芸術祭を始めたいと思うかもしれません。
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NPO法人ウォールアートプロジェクトの代表おおくにあきこさんは言います。

「この芸術祭を、日本人がインドで開催した1回だけのお祭りということだけで終わらせたくないのです。活動を種まきとして行なうため、現地に住み込んでいる日本人コーディネーターが地元の人たちによる実行委員会を組織して、一緒に開催しています。実行委員会が自分たちだけで次の開催ができるようにという想いを込めて、壁を白くするのです」

■子供たちの教育環境を改善する狙いも

この芸術祭は、芸術の力を子供たちに感じてもらい、芸術祭を行なうことによってその地域の人々の息づかいを世界に向けて発しています。しかし、それだけが目的ではありません。

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第1回〜3回の芸術祭を行なったのはインドで最貧困地域の一つと言われる北東部ビハール州。第4、5回はインド西部、マハラーシュトラ州、ターネー近郊のガンジャード村。どちらの地域も識字率が50〜60%と低く、学校に来ない子供たちがたくさんいます。

経済的な事情から学校に来られない子供もいますが、そもそも親が学校に来たことがなく、教育を受ける意義をわからないために子供を学校に行かせないこともあります。自給自足で生活が成り立っていた時代であれば、親が子供に仕事の仕方を教え、先祖代々の土地を受け継ぎ、昔からの生活を守ればよかったかもしれません。

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しかし現在、貨幣経済の影響で都会からきた人が安く土地を買い上げてしまったり、環境破壊の影響で昔から受け継いできた漁業や林業の仕事ができなくなったりして、生活を変えずにはいられない状態が起こっています。教育を受けてたくましく自分の頭で人生を切り開く必要がでてきたのです。このような時代の変化の中で、子供たちには教育が必要だと考える現地の人々とウォールアートプロジェクトは芸術祭を行なっています。

芸術祭を学校で行なうと、学校に行っていない子供たちも「あそこで何かおもしろいことが起こっているようだ」と気づき、学校に行きたくなります。そして芸術祭を行なった翌年には、学校に通う子供が増えるのだそうです。
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■今年はヒマラヤの遊牧民とアートプロジェクトを計画中

今年、NPO法人ウォールアートプロジェクトは、芸術祭の開催地をヒマラヤの麓に移して、遊牧民とともに標高5000メートルの芸術祭を行なうという計画を立てています。

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遊牧民は大自然に家畜を放牧し、家畜を増やして生活をしています。その生活は環境破壊の影響を大きく受けます。たとえばヒマラヤの根雪は年々少なくなり、それに伴って地下水が減って、家畜のエサとなる牧草が不足し、家畜が育てられなくなるのです。また急速に貨幣経済的な生活に変わった影響で家畜の毛などを安く買い叩かれたり、若者が遊牧生活を捨てて都会に出ていったりするということが起こっています。

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こういった状況のなかで、遊牧民の子供たちが教育を受けることは、インドの他の地域の子供たちと同じように未来を切り開いていくために非常に重要なこと。現地の子供たちのなかからも「ぼくたちは教育を受けた遊牧民になりたい」という声が出てきています。NPO法人ウォールアートプロジェクトはその状況を受けて、現地の子供たちに「学校に行きましょう」と伝えるのではなく、学校に行きたくなるように芸術祭を開催しようとしています。

現在、NPO法人ウォールアートプロジェクトはその資金を集めるため、クラウドファンディングを実施中。アートの力で子供たちの未来をちょっと手伝いたいと思う方は、ぜひクラウドファンディングのページをのぞいてみてはいかがでしょうか。

【クラウドファンディング情報】
ヒマラヤの遊牧民とともに標高5000mの芸術祭「アースアートプロジェクト」
クラウドファンディングページ:https://motion-gallery.net/projects/earthart
オフィシャルサイト:http://earth-art.info

取材協力、写真提供 = NPO法人ウォールアートプロジェクト おおくにあきこさん
写真撮影 = Kenta Yoshizawa(1、6、7、8枚目写真)、Kenji Mimura(2、3、4枚目写真)、Toshinobu Takashima(5枚目写真)
取材・執筆 = FelixSayaka (c) Pouch

▼過去の芸術祭でのアート作品。こちらは淺井裕介さんの作品。手に泥絵の具をつけて現地の人も作品に参加しました。Photo by Kenta Yoshizawa▼

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▼こちらは鈴木ヒラクさんの作品。天井に下げたロール紙は、周辺を巡ってライブペイントした作品です。Photo by Toshinobu Takashima▼

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▼こちらはインドのゴンド画のアーティスト、アジェイ・クマル・ウルベティさんの作品。よく見ると非常に細かい模様で描き込まれているのがわかります。Photo by Kenta Yoshizawa▼
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▼淺井裕介さんの作品「泥絵:誓いの森」。現地で生活必需品の牛糞も画材となりました。Photo by Junai Nakagawa▼

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▼遠藤一郎さんの作品。子供たちが夢を描いた凧が、栃木県さくら市のWAFで描かれた凧と共に大空に舞い上がりました。 Photo by Kenta Yoshizawa▼
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▼現代舞踊家の高須賀千江子さんがインドの人々と踊る光景。Photo by Kenji Mimura▼

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▼加茂昂さんの作品。できあがった作品を見て子供たちは単に「きれい」と通り一遍の反応ではないさまざまな反応を見せたそう。Photo by Kenta Yoshizawa▼

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▼大小島真木さんの作品のなかで学ぶ子供たち。2013年の作品にレタッチして白い鳥を描き、白い壁に戻す準備をしました。Photo by Kenta Yoshizawa ▼
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▼大小島真木さんの作品の中で踊る高須賀千江子さん▼

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▼「未来へ」というメッセージが日本語と現地の言葉で描かれた遠藤一郎さん(1階部分)と淺井裕介さん(2階部分)の合作。Photo by Kenji Mimura▼

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▼ラジェーシュ・チャイテャ・バンガードさんのワルリ画作品。Photo by Kenji Mimura▼

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▼Youtubeで芸術祭の様子も見られます!▼