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[公開直前☆最新シネマ批評インタビュー編]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。今回はオススメ作品の監督インタビューです。

今回ピックアップしたのはインド映画『めぐり逢わせのお弁当』(8月9日公開)。インド映画というとボリウッドに代表される歌って踊るにぎやかで楽しい映画が日本でも人気がありますが、『めぐり逢わせのお弁当』は、歌も踊りもありません。

そこに描かれるのはインド・ムンバイの日常を生きる人々です。配達されたお弁当が違う人の手に渡ったことから始まる文通。お弁当と手紙が男女の距離を縮めていく物語です。

この映画の監督・脚本のリテーシュ・バトラ監督が来日。歌も踊りもないインド映画についてお話しを聞いてきました。

【物語】

インド・ムンバイでは、お昼時になるとダッバーワーラー(お弁当配達人)が各家庭から職場へとお弁当を運ぶシステムがあります。この日、主婦のイラ(ニムラト・カウル)は、心を込めて特別なお弁当を作ります。なぜなら最近、夫との仲が冷え切っており、美味しいお弁当で夫の心を取り戻そうとしたからです。

しかし、そのお弁当をダッバーワーラーは間違えて、保険会社の会計係サージャン(イルファン・カーン)に渡してしまいます。空っぽのお弁当箱を見てイラは大喜びですが、夫の態度は変わらず、お弁当のことを聞いても違うメニューを言い出します。「誰が私の作ったお弁当を食べたの?」イラは翌日、お弁当に手紙を添えて、ダッバーワーラーに渡すのですが……。

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【歌って踊るインド映画が理解できない?】

インド映画といえば『踊るマハラジャ』など荒唐無稽なストーリーと突然歌いだし踊りだす強引な展開が日本でもウケましたが、『めぐり逢わせのお弁当』は正反対。人々の生活や心に寄り添い、人間関係を深く見せていきます。リテーシュ・バトラ監督は歌って踊るボリウッド映画についてこう語っています。

「僕が映画を通して表現したいのは、物語を紡いでいくことであり、それを世界に向けて発信していくことなんです。どの国の人が見ても共感できる普遍的な物語が僕の描く世界です。正直、歌って踊るインド映画は理解できないんですよ(笑)。ああいう映画を作るのには特別な才能が必要だと思う。それに、歌も踊りも出てこないインド映画はまだありますよ。サタジット・レイ監督やミーラー・ナイール監督の作品がそうですね。僕もこの二人の映画は大好きです」

この映画は、ダッバーワーラーというインドならではの特殊なお仕事も興味深いですが、夫との冷え切った関係に悩むイラと妻を亡くして孤独なサージャンがお弁当を通して顔も知らないまま繋がりを持っていくという関係性がいいです。そこに流れる相手への興味や淡い想いと言う感情は、インド人ならではのものではなく誰もが感じる想いであり、そこが監督の狙いでしょう。だからこそこの映画は身近に感じられるのです。

【取材がきっかけで生まれた『めぐり逢わせのお弁当』】

バトラ監督はダッバーワーラーの仕事を追うドキュメンタリーを撮るつもりで取材中、ダッバーワーラーの人たちから家庭や夫婦の話を聞くうちに、そちらの方がおもしろくなって長編映画にしようと決めたそうです。

「最初は、結婚生活がうまくいっていない夫婦が、美味しい料理で修復していく物語を考えていたのですよ。でもある日、フっとお弁当が違う人の手に渡り、その人の人生を修復していく物語はどうだろうと思ったのです。それが『めぐり逢わせのお弁当』誕生のきっかけです。こういうところが物語作りの面白さですよね。何かを発見すると、違う世界へと連れてってくれますから。

その思い付きから映画化まで5年を要しましたが、その間、短編映画を撮影したり、別な脚本を書いたりしながら、ときどきこの映画のことを考えていました。主要人物の考察をずっと続けていたんです。僕の映画はキャラクターありきですから」

【インドの女性と仕事環境】

ヒロインのイラは専業主婦で家事をしながら夫の帰りを待っている専業主婦のようです。インドはイラのような専業主婦がほとんどなのかな……と思ったので、監督に聞いてみると

「この映画のプロデューサーは女性だし、キャスティングスタッフも女性だし、他にも女性スタッフはいますよ。インドは働く女性が多いです。と同時に専業主婦が多いのも事実。何でもありなのが今のインドなのです。まあ、結婚はお見合いが多いですね。おそらくイラと夫もお見合い結婚じゃないかな……(笑)。キャラクターの背景は曖昧です。というのは、僕はあまり登場人物の過去や背景を考えないのですよ。役者たちの経験から演じてほしいと思っているので決めつけたくないのです」

働く女性もいれば、専業主婦もいる、何でもあり! というのは、おそらくこの映画の舞台がムンバイという都会である事も影響しているかもしれませんが、なんだか日本と同じような……。遠いと思っていたインドですが、この映画を知れば知るほど近く感じます。

ただ1点、ひっかかることが。この映画は現代の物語なのですが、イラが文通するサージャンが勤めている保険会社はパソコンがない! マニュアルで顧客データを管理しているのです。これはインドでは普通なのですか? と聞くと

「インドはまだマニュアルで事務作業などしている会社は多いです。でもそれはわざとそうしているのですよ。すべてを近代化してしまうと人手がいらなくなるでしょう。そうすると人々の働き口が減ってしまう。だからインドでは人々が仕事を得られるように、わざと近代化を抑えているのです」

なるほど! そうなのですね。インド社会は、みんながちゃんと働けるように生活していけるようにとの配慮を忘れていないのです。これ素晴らしいことじゃないですか。

『めぐり逢わせのお弁当』を見ればわかるのですが、普遍的な物語を作りたいというバトラ監督はインドの日常を描きながらも、ワールドワイドな視点を大切にしています。それもそのはず、バトラ監督はムンバイ出身ですが、大学はアメリカ、その後、コンサルタントとして働いたあと、ニューヨーク大学映画学科を経てサンダンス・インスティテュードでロバート・レッドフォード監督から直々に演出を学んでいるのです。つまりですね、インド出身のエリート監督なのですよ。ボリウッド映画の濃厚で泥臭い世界が理解できないのも何となくわかろうというもの。

インドの人々の生活と心が見えるインド映画ながら、そこに横たわっているのは国境を超えた人生。だからこそ『めぐり逢わせのお弁当』は、カンヌ国際映画祭(観客賞)をはじめ、世界中の映画祭で喝采をあびたのでしょう。言葉で気持ちを伝えあうことで人生が温かくなる本作、ぜひ見て、ほっこりした気持ちになってください。
執筆=斎藤 香 (c) Pouch

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『めぐり逢わせのお弁当』
2014年8月9日より、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
監督・脚本:リテーシュ・バトラ
出演:イルファン・カーン、ニムラト・カウル、ナワーズッディーン・シッディーキー
(C)AKFPL, ARTE France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm – 2013