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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかからおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのは、『アリスのままで』(6月27日公開)です。ジュリアン・ムーアが第87回アカデミー賞主演女優賞を受賞した、若年性アルツハイマーを患った女性の人生を描いた見応えある人間ドラマ。ジュリアン・ムーアの力演が記憶を失っていくアリスの心理を映し出していて、胸が痛くなるけど目が離せない傑作です。

【物語】

アリス(ジュリアン・ムーア)は高名な言語学者である大学教授。やさしい夫と二人の娘、ひとりの息子がおり、幸福な50歳の誕生日を迎えました。しかしある日、講演の最中に突然言葉が抜けてしまったり、ランニング中に道がわからなくなってしまったりしたことから、恐れを抱きます。

彼女は検査を受け、若年性アルツハイマー病と告げられます。遺伝性の病気であることから、子供たちも検査をすることに。アリスの病は静かに進行し、記憶が薄れていくことに悲しみと苦しみを抱くアリス。

そんなとき、彼女は「アリスのままでいられるように」と、発症したばかりの頃に残した自分へのメッセージを見つけて……。

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【もし自分だったら……と考えてしまう映画】

アルツハイマーの病をテーマにした映画はこれまでもありましたが、発症から記憶を失うまでをこれほどじっくりと見せていった映画はあったでしょうか。今まで何度も通った道がわからなくなったり、単語が思い出せなくて真っ白になってしまったり。

若年性アルツハイマーと告げられたとき、アリスは「ガンなら良かったのに。恥ずかしくないから」とつぶやきますが、一見普通に見えるけど、実は心が激しく葛藤するのがアルツハイマーという病なのでしょう。何もかも忘れてしまう恐怖と、常に闘っていかないといけない病気なのです。

「もし自分だったら」と考えると、アリスに自分を重ねて胸が苦しくなります。がんは治る可能性が残されている場合もありますが、アルツハイマーは進行を遅らせる以外に道はないのです。

【家族の意外な一面も明らかに】

また、この病は家族の意外な本音や一面が見えるようです。アリスが健康だった頃、あんなに彼女を大切にしていた夫が、アリスの記憶が薄れていくことに耐えられなくなっていきます。愛しているからこそ、変わってしまった妻を見ているのが辛いのかもしれない。

また、問題のなかった優等生の娘は彼女と距離を置くようになりますが、家に寄りつかなかった風来坊のような娘の方が、母に対して献身的な優しさを見せます。態度はぶっきらぼうだけど、母を受け止めようとするのです。

この母娘の関係がこの映画の救いです。「この娘がいてよかった」と心から思えますから。

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【実は監督も病と闘っていた】

この映画を演出したのはリチャード・グラツァー、ワッシュ・ウェストモアランドという二人の男性監督です。実はグラツァー監督は、この映画に着手する前から、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と闘っていました。

アルツハイマーの場合、体は健康のまま認識能力を失っていきますが、ALSは意識は正常のまま体の機能が失われていきます。共通するのは治らないことです。グラツァー監督は、自身の絶望的な気持ちをアリスに乗せて描いたのかもしれません。

ただ、グラツァー監督には、ウェストモアランド監督という公私ともに支え合うパートナーがおり、アリスにも寄り添ってくれる娘がいます。その愛がどれほど病と闘う人に力を与えるか、グラツァー監督はよくわかっていたからこそ、アリスと娘の関係を描いたのかも。「彼女がいてよかった」と本当にホっとするんですよ。

残念なことに、グラツァー監督はジュリアン・ムーアがアカデミー主演女優賞受賞した授賞式の後、約3週間でこの世を去りました。動かなくなっていく体で、グラツァー監督は毎日、現場に訪れて指揮したそう。最後に自分を投影したような力強い作品を残せたなんて、監督冥利につきるかもしれません。

あまりにも真に迫っているので胸が痛くなるけど『アリスのままで』は見るべき映画。アルツハイマーという病がどのような進行を見せ、本人はどのような恐怖と哀しみを抱き、また家族はどう接していくのか……この映画を見ているとよくわかります。

もしかしたら、ずっと側に寄り添うことが正解というわけではないかもしれない。おそらく『アリスのままで』は、見る人によって変わっていく世界を持った映画なのです。

執筆=斎藤 香(c)Pouch

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『アリスのままで』
2015年6月27日より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
監督:リチャード・グラツァー、ワッシュ・ウェストモアランド
出演:ジュリアン・ムーア、アレック・ボールドウィン、クリステン・スチュワート、ケイト・ボスワースほか
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