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昔、NHKで放送されていた人形劇『ひょっこりひょうたん島』。個性ゆたかなキャラクターたちが冒険の物語を繰り広げる様子は当時の子どもたちを熱狂させ、1964年から約5年にかけて放送される大ヒット番組となりました。

そんな『ひょっこりひょうたん島』ですが、これらはすべて「死後の世界の物語」なのではないかという説を先日知り、驚愕してしまった私(記者)。

登場人物たちは「全員死んだ者たち」だという隠された設定があり、劇中に「御詠歌」や「四国霊場物語」(四国八十八箇所)が出てくるのもそのためなのだとか。

うーん、そう考えるとあの「波をちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷかき分けて~」というオープニング曲の歌詞も、なにやら意味ありげに聞こえてくるような……。希望に満ちた子どもらしい歌詞だと思って今まで歌ってきた私ですが、そのイメージがぜんぜん変わってきちゃいそう。

この歌詞の意味、仏教のスペシャリストであるお坊さんから見たらどんなふうに受け取れるのか知りたいっ!! というわけで、四国八十八ヶ所霊場のひとつのお寺で住職をされているお坊さんに、実際に話を聞いてみました!

【ひょうたん島は「死後の世界」らしい……?】

四谷にあるお店「夜のお寺・坊主バー」の公式アカウント「@vowzbar_yotsuya」さんのツイートによると

ひょっこりひょうたん島は死後の世界の物語らしいです。御詠歌(霊場で歌われる巡礼歌)や「四国霊場」など死を連想させるものが劇中に出てきます。個人的に2枚目の歌詞の「何かがきっと待っている」は彼岸や極楽浄土等の事を言ってる気がします。

とのこと。「ひょっこりひょうたん島は死後の世界の物語らしい」と書かれていますが、調べてみると実はこれ、原作者のひとりである井上ひさしさんがある講座内で明かしているとの情報も。一説によると、サンデー先生と5人の子供たちは、最初にひょうたん島に遠足に行った時点で火山の噴火に巻き込まれて死んだという設定があったのだとか。

その前提で歌詞を見ていくと、「何かがきっと待っている」は彼岸極楽浄土等のことを言っているのではないかと@vowzbar_yotsuyaさんは推測されているわけですが……。

これは他のお坊さんにも意見を聞いてみたい! 実際に四国八十八箇所で住職をされているお坊さんにも聞いてみようではないですか!

【成仏できない登場人物たち……?】

今回、ご協力いただいたのは「第55番札所 別宮山 金剛院 南光坊」の住職、板脇俊匡さん

――「ひょっこりひょうたん島」の歌の歌詞を見て、仏教に通じるものは感じられるのか? 感じるとしたらどの部分なのでしょうか。

原作者が死後の世界と名言している以上、宗教的な暗喩があると考えられますね。特に仏教的には、ひょうたん島は死後の亡者の迷いの世界と考えることも、あるいは可能かと思います。そしてどこにたどり着くかわからない、すなわち輪廻の果てに生まれ変わる世界に対する不安と期待が表現されているとも読めると思います。

――ひょうたん島は死後の亡者の迷いの世界……。登場人物たちは成仏できずにさまよい続けているってことでしょうか。曲の感じから希望に満ちた無邪気な歌だとばかり思ってましたよ~!

行き着く先は地獄か極楽浄土か……。ひょうたん島という迷いの世界の暗喩的存在が、行き着く先に苦しいこともあると想像しているのは、迷いから解脱できない不安であり、しかし陽気に転調している歌詞は、浄土への希望ともとれますね。

――そう考えていくと、奥深い歌に思えてきました。他に歌詞に出てくる言葉で気になる部分はありますか?

「波」は「迷いの世界の苦しみ」のメタファーでしょうか。「雲を追い抜いて」いるところは、「この世のならぬ、いずこかの世界に輪廻しようとするスピード感」の表現でしょうか。つまりは仏教的に読もうとすれば、とても仏教的に読める歌詞ですね。

【もう一度観直してみたくなる】

ドン・ガバチョもダンディーもサンデー先生も子どもたちもホントは死んでる……そう考えると寂しいものがありますが、そうした前提で観直してみると、この物語もまた違った見方ができそうです。

子どもが観ても面白い冒険劇として楽しめる、大人が観ると隠された深い意味も読み取れる……やっぱり『ひょっこりひょうたん島』って傑作なんだなぁと改めて感じさせられますね。

参照元:Twitter(@vowzbar_yotsuya)
取材協力:第55番札所 別宮山 金剛院 南光坊
取材・執筆=鷺ノ宮やよい (c) Pouch

▼主題歌「ひょっこりひょうたん島」

▼劇中で歌われた「御詠歌」。この歌詞、子どもは理解できるんだろうか……