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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかから、おススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今週ピックアップするのは、松山ケンイチ主演作『聖の青春』(2016年11月19日公開)です。将棋に詳しくない方でも羽生善治氏はご存じでしょう。その羽生氏のライバルだったのが村山聖(さとし)。29歳でこの世を去った彼は、幼い頃から難病を患っていました。病気と闘いながら将棋に人生を懸けた村山聖の亡くなるまでの4年間を描いたのが本作です。

【物語】

幼いときから「ネフローゼ」と言う腎臓の病を患っていた村山聖(松山ケンイチ)は入院中、父が何気なく勧めた将棋に夢中になり、将棋の最高峰、名人を目指します。

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広島で生まれ育った彼は、頭角を現すと将棋界で「西の怪童」と呼ばれるようになりますが、同年代の天才棋士・羽生善治(東出昌大)との対局で敗れてしまいます。聖は羽生を超えようと上京。師匠の森信雄(リリー・フランキー)の世話になり、病と闘いながら将棋道を突き進んでいくのです。

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【松山ケンイチのデ・ニーロアプローチ】

だいぶ前ですが、バラエティ番組で見た松山ケンイチの体格がかなりよくなっていたので、ビックリしたことがありました。もしや役作り?と思っていたけど、『聖の青春』のためだったのですね。『DEATH NOTE デスノート』の超個性派探偵のL、『ウルトラミラクルラブストーリー』の子供みたいな青年など、下手な役者が演じたら目も当てられなくなるであろう変わったキャラクターでも、圧倒的な存在感で説得力を持たせてしまう稀有な役者、松山ケンイチ。専門誌「将棋世界」の編集長だった大崎善生が執筆した同名著作を読んでいた松山氏は、映画化の噂を耳にして自ら「聖を演じたい」と立候補したそうです。

ゆえに監督に言われなくても、聖と同じ体格になることで彼の体感を得て、聖を自分の中に甦らせたのでしょう。もちろん私生活での村山聖の姿は想像の範囲ですが、聖への理解、聖になる執念、聖としての人生がスクリーンから立ち上がってきます。
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私は村山聖のことを、対局やドキュメンタリーの動画でしか知りませんが、それでも映画を見たら不思議と近しい人に感じ、志半ばで逝ってしまった無念には胸が熱くなりました。こんなに将棋に情熱を注いでいたのに……。

【短くも熱く強く生きる】

自分が長く生きられないことを知っていた聖は、生き急いでいる感がありました。「早く名人にならなくては」という思いが強かったのかも。羽生善治との最後の対局では、無理を押して挑戦したので、看護士が隣室に待機していたくらいです。すごい執念ですよ!
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棋士の村山聖に迫る一方、映画は私生活の村山の一面も多く描かれます。何より師匠の森、棋士仲間たちとの交流にはホッとさせられます。みなさん温かいんですよねえ。対局以外ではこんな風に過ごしているのかと、将棋の世界を知らない自分には新鮮で興味深かったです。

村山聖は漫画が大好きで、部屋の壁がすべてコミックス! という、物にあふれた部屋に住んでいました。ちょっと変わった人だったかもしれないけど、そうやって好きな世界で身を守っていたのかも。また彼はけっこう酒も飲むんですよね。「病気なのに大丈夫なのか」と心配したりして、映画を見ているうちに友だち気分。それだけ人間・村山聖がスクリーンで生きていたということです。

【村山聖の感想が聞きたい】

村山聖の最大のライバルである羽生善治を演じているのは、東出昌大。羽生氏が七冠を獲ったときにかけていたメガネを本人から借りて羽生役に臨んでいます。東出氏は将棋が大好きで羽生ファンだけあって、これまた熱演。

私は羽生氏が将棋を指すときの癖などわからないのですが、手を口に持っていくしぐさとか、対局あとの語りの口調とか、東出さんはかなり研究して臨んだ感がありました。顔は似てないんですが、雰囲気を最大限に近づけています。

自分の人生が映画になって全国公開されると知ったら、村山聖は草葉の陰でどう思うのでしょうか。「マジかよ!」と言いつつも「松山ケンイチ、かなり寄せて来てるな」とか感心したりして。正直、将棋がわからない人に向けてのルール説明は特にないし、将棋ファンが納得する「村山将棋の面白さ」が、この映画にあるのかどうかはわからない。

けれども、これはひとりの人間が将棋に人生を懸けて燃焼した物語。短い人生に村山聖は納得していないだろうけど、これだけ夢中になれる世界を手に入れた彼がうらやましくもあり、また「自分もちゃんと生きなくては!」と、そう思わせてくれる映画です。

執筆=斎藤 香 (C) Pouch

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『聖の青春』
(2016年11月19日より、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー)
監督:森義隆
出演:松山ケンイチ、東出昌大、染谷将太、安田顕、柄本時生、鶴見辰吾、北見敏之、筒井道隆、竹下景子、リリー・フランキーほか
(C)2016「聖の青春」製作委員会

▼映画『聖の青春』予告編