「はい……はい……では、20時半に……」
電話を切って給湯室を出ると、通りがかりに電話の声が聞こえたのか、なにやらニヤケ顔の同僚がこちらを見ていた。デートですか、と尋ねる同僚に、違いますよ、とそっけなく答える。
事実、違うのだから仕方がない。給料日後の、ひそかな楽しみ。買い物も、少し贅沢な食事も良いけれど、今日は違う。
行きつけのサウナでアカスリを予約しているのだ。
時間を気にしながら、大急ぎで仕事を片付ける。
いつもの電車から、乗り換えて1駅。しばらく歩いていると、街にあふれるネオンの光、異国の文字、高い声で笑う若い女の子たちに思わず圧倒される。この街は、きらきらしていてどうにも苦手だ。なぜだか急に恥ずかしくなって、うきうきした気持ちを隠すように、うつむいて足早に目的地を目指した。
アカスリ前は身体を石鹸で洗わないように、と受付で言われた注意を守り、シャワーで丁寧に身体を流す。いつもと違う流れにそわそわしながらも、あつ湯とサウナでじっくりと肌を柔らかくしていく。
やがて、番号が呼ばれる。浴室奥の、うすいカーテンで仕切られた空間にはずらりと3台、施術用のベッドが並び、どっしりとした体格のよい女性が、こちらを見ていた。
つるつるとしたベッドに、仰向けに寝転ぶ。
無防備な体制に緊張していると、洗面器のお湯が、ざぶ、と全身にかけられる。ふっと気持ちがほぐれるこの瞬間が好きだ。
つま先にざらりとした感覚があって、やがて優しく丁寧にアカスリミトンが全身を擦っていく。マッサージやエステとも違う、肌への刺激が心地よい。1か月分の汚れや疲れ、イライラやモヤモヤまで擦り落とされていくようで、つるりと生まれ変われるような感覚が癖になる。
体の表、裏、と丁寧に磨きあげられて、あっという間の40分だった。
つるつるになった体で、そのままサウナ室へと向かう。
アカスリのメインは、そのあとのサウナといってもいいくらいに、発汗が気持ちいい。思わずにやけてしまいそうな気持ちをおさえながら、ドライサウナに飛び込んだ。
いつものぷつぷつと浮かんでくる汗とは違い、汗が膜のように肌をおおっていく。
これが汗なのか、蒸気なのか、そして自分の身体の中でなにが起こっているのか、わたしにはわからない。でも、何かがじわじわと入れ替わっていくようなこの感覚は、嘘でも本当でも、確実にわたしの「明日からの1か月」を生きるちからになっているのだ。
帰り道、きらきらした街はもう、怖くない。
しっかりと顔を上げて、歩いていける。