[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップした映画は、1月25日公開のアン・リー監督作『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』です。第85回アカデミー賞作品賞などの候補になっている本作は、3D映画。正直、3Dで公開される映画って「これって3Dにする必要あり?」と思うものが多いのですが、記者は2012年公開のマーティン・スコセッシ監督作『ヒューゴの不思議な発明』を見たとき「これぞ3Dで見るべき映画だ!」と大興奮! おそらく今後、これほど3Dでなくてはいけない映画というのは現れないだろうと思っていました。
そしたら……来た! 『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』、これもザ・3D映画。物語も役者も映像も演出力もすべて素晴らしい映画なので、2Dで見てもいいです、いいですけれども、3Dで見たら必ずや感動と驚きと興奮が倍増する3D映画の大傑作なのです。
カナダ人ライター(レイフ・スポール)は、ある人物からインド人のパイ(イルファン・カーン)を訪ね、彼の体験談を聞くと素晴らしい小説が書けると言われます。訪ねてきたライターに、パイは自分の少年時代の体験を語り始めます。
パイは動物園を経営する家族のこと、初恋のことなど語りますが、ライターが何より驚いたのは、家族でインドからカナダへ移住する際、乗船していた貨物船が沈没し、少年パイ(スラージ・シャルマ)が、トラとシマウマとハイエナとオラウータンとともに救命ボートで漂流したという体験。わずかな食糧しかなく、いつ荒れるともわからない海で、凶暴な虎とともに共存したと言うのです。パイはどうやって生き延びたのでしょうか……。
オープニングの大自然の映像から、記者はこの映画に吸い込まれてしまいました。美しい映像に包み込まれているような錯覚に陥りましたよ。そんな美しさから一転、パイが動物たちと漂流するようになると3D映像はダイナミックにうねります。波しぶきがかかり、劇場が海中になり、魚と泳いでいるような気持ちに。そして救命ボートでパイとトラが威嚇し合うときに緊張感ったら! トラ、飛び出してきますからね、要注意ですよ。
やはり名のある監督は3D映像での映画作りをどうするべきかわかっています。やみくもに飛び出させればいいというものではありません。3D化すべき素材を見極める目、それを料理する腕、何より美しく魅せるという感性が必要で、アン・リー監督にはそれらがすべて備わっていたのです。さすが巨匠です!
この海のシーンは、世界最大規模の巨大なタンクで撮影されていました。ここでは様々な海の動きを作り出せる機能が備わっていたそうです。主人公の少年時代のパイを演じたスラージ・シャルマは「タンクは自分の家のようだったよ」と語り、ここで海のことを多く学んだとも語っています。「海は気が変わりやすいんだ。モンスターにもなれば、鏡にもなる。殺し屋にもなれば、救世主にもなるんだよ。海はステキだ」と。本当に! この映画での海はまさに生き物でしたから。
ちなみにインド出身のスラージは、この撮影に入るまで泳げず、なんと海を見たこともなかったそうです。それなのに海でトラと227日漂流する役を演じきったのですから、アカデミー賞に新人賞でもあれば、彼に与えてほしいくらいです。
映画前半、漂流するまでのパイの物語はけっこうボリュームがあり、導入部が長いなとちょっと思ったりもしたのですが……最後まで見るとわかります! 海に出るまでのエピソードもとても重要だということに。「ああ、そうだったのか!」と思いますから。その語り口の巧さも素晴らしい!
映像の力、3Dのマジックを堪能しつつ、ファンタジーアドベンチャーの世界にどっぷり酔わせてくれる『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』。見たこのない、これまでで一番美しい3D映像の世界をぜひ体験してください。
(映画ライター=斎藤 香)
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
2013年1月25日公開
監督:アン・リー
出演:スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、アディル・フセイン、タブー、レイフ・スポール、ジェラール・ドパルデュー
(C)2012 Twentieth Century Fox