[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ご紹介するのは、3月16日公開の堺雅人主演作『ひまわりと子犬の7日間』です。愛犬家の顔がほころぶワンちゃんがいっぱい! なんて想像していくと、ちょっと違います。この映画は、保健所で生きる犬たちの現実を描いた物語。
人間の身勝手な行いから、不幸な道を歩むことになってしまった犬たちに寄り添い、その残酷な行く末を何とかしたいという思いが詰まった映画なのです。
舞台は宮崎。保健所で働いている彰司(堺雅人)は、妻(壇れい)に先立たれ、男手で娘と息子を育てるシングルファーザー。同居する母(吉行和子)は文句を言いながらも助けてくれる存在です。でも彰司は子供たちに自分の仕事の本当のことを言えずにいました。子どもには「動物保護管理所に連れられてくる犬の飼い主を探す仕事」と言っていたけれど、飼い主が見つからない犬を処分するのも彰司の仕事。家で飼っている2匹の犬も飼い主が見つからずに引き取った犬だったのです。
ある日、畑を荒らす野犬がいると通報を受けた彰司が向かった先には、3匹の子犬を守ろうとする母犬の姿がありました。その犬は人間を憎んでいました。凶暴な犬は、飼い主が見つからないので、彰司は管理所で仲良くなろうと必死ですが、母犬は敵対心を露わにしたまま処分の日が近づいてきます。そんなとき、娘は、彰司が隠していた犬処分の事実を知ってしまい……。
かつて、捨て犬や捨て猫の現実を描いたドキュメンタリー『犬と猫と人間と』を見たときのことを思い出しました。この映画は、人間が動物をもの扱いする現状がリアルに描かれています。でも中には動物も同じ生き物である理解しようと向き合う人もいるのです。『ひまわりと子犬の7日間』の主人公の姿が、あのドキュメンタリーで犬猫たちを救おうとするボランティアの方たちの姿に重なりました。『ひまわりと子犬の7日間』は、山下由美著「奇跡の母子犬」が原案。実話をベースにしています。人間が動物にする残酷な仕打ちを描く一方、ちゃんと向き合おうとした人々と、その気持ちによって救われた母犬と子犬を描いているのです。
この母犬が「なぜ人間を憎むのか」のサイドストーリーがとても効いています。年老いた飼い主と離ればなれにならざるをえなくなった犬は、家に戻るとそこには見知らぬ人がおり、スコップで殴られそうになります。エサをくれる優しい人もいるけれど、野良犬だと煙たがられ、殺されそうになる日々。どんなに孤独で辛かっただろうと思うと、もう記者の涙腺は崩壊! 涙を滝のように流しました。子を授かり、守るべきものができた母犬が、人間から子犬を守るため敵に回すのも無理はないでしょう。
その母犬を理解したい、助けたいと一生懸命な彰司の行動も胸を打ちます。子犬を守ろうとする母犬、娘にわかってほしいと願う父親の気持ちがリンクするのです。また堺雅人のいつも笑顔のような表情が、温かい性格の彰司役にピタリとはまり、これ以上ないキャスティングです。
のちに「ひまわり」と呼ばれるようになる、この母犬を演じたのはイチという犬。ドッグトレーナーは『ハチ公物語』『犬と私の10の約束』など犬映画のベテランでしたが、台本を読んだとき、あまりにも難易度の高い演技すぎて一度断ったとか。それでも何とかスタッフと一致団結して、イチに芝居をつけていったそうです。
この役はただ走ってワンワン叫んでいる役ではありません。人間への敵対心を持ち、それが次第に和らいでいく姿を見せていかなければならず、人間の役者だって難しいきめ細かい心理描写があるのです。それをしっかり演じきったイチ! イチはアカデミー賞受賞作『アーティスト』で名演技を見せたアギーにも負けない女優犬です!
捨て犬たちの置かれた現状を知り、それを救おうとする人々の愛情を感じる『ひまわりと子犬の7日間』。作り手の犬たちへの愛情がしっかり伝わり、何かを変える力さえ生まれそうな作品。犬好きはもちろん、犬好きじゃない人も、この映画を見れば犬を見る目が変わるかもしれませんよ。
(映画ライター=斎藤香)
『ひまわりと子犬の7日間』
2013年3月16日公開
監督:平松恵美子
出演:堺雅人、中谷美紀、でんでん、若林正恭、吉行和子、夏八木勲、檀れい、小林稔侍、左時枝、草村礼子、近藤里沙、藤本哉汰ほか
(C)2013「ひまわりと子犬の7日間」製作委員会