[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップしたのは、西原理恵子の原作の映画化で、ヒロインが上京してきて漫画家として一本立ちするまでの物語です。西原女史の若い頃の物語は、ホステスとして働きながら漫画を描いていた頃の「東京なんて大嫌い」という苛立ちとともに前に向かって突き進んで行く強さ、そんなマイナスとプラスがせめぎあうような苦み走った青春映画になっています。
美大に通うために上京した菜都美(北乃きい)だけど、成績が悪いうえに、極貧で画材道具も満足に買えない日々を過ごしていました。そんなときに友人からキャバクラのバイトを紹介され、そこで知り合った良介(池松壮亮)と付き合うことに。しかし、彼は働いてもすぐやめてしまうだらしない男で、生活は菜都美におんぶにだっこ状態。困り果てていた菜都美でしたが、キャバクラの先輩ホステス吹雪(瀬戸朝香)に励まされ、彼女は自分のイラストを抱えて、出版社を回り始めるのですが……。
地方出身者には身につまされる映画かもしれません。夢や希望を抱いて東京に出て来たけれど、都会の壁に跳ね返された経験のある人は多いでしょう。特にヒロインのように何もコネはなく、裕福なわけでもなく、まさに0地点からのスタートならばなおさら厳しいはず。この映画は東京暮らしのキラキラした世界ではなく、ダークサイドをえぐった映画です。だってオシャレなカフェやファッションは全然出てきませんからね。ヒロインはまったくイケてない女子大生。洋服なんて友達に「いつも同じ服だね」とか言われちゃうし、付き合った男はヒモみたいだし……。この映画は、そんなヒロインが身に降りかかる数々の厳しい出来事をどう乗り越えていくのかを見せていくのです。
正直、各エピソード駆け足で進んでいく感があり、そこはもったいないなと思ったりはしたのですが、ヒロインのひたむきさはエールを送りたくなります。ドン底から這いあがったかに見えたら、また突き落とされることもあるけれど、周囲が理解してくれない、共感してくれないとまわりのせいにしていては、いつまでたっても陽の目を見ることはないのです。ヒロインが仕事を失ったとき、先輩漫画家が喝を入れるシーンが印象深いです。自分を客観的に見る目がないとダメ。「一生懸命やったのに」というだけでは、どうにもできないこともあるのです。
ちなみにヒロインを応援するキャバクラの先輩は、原作にはないキャラクター。これは森岡監督が作りだした人物です。「食えなかった20代の頃、先輩に応援してもらった自分の実体験を反映させました」とのこと。それ以外、セリフの多くは西原女史が書いた言葉をそのまま使っているそうです。できるだけ原作に近づけて映画にしただけあって、原作を読んだ人は「ああ、そうそう!」と思ったり「実写になるとこうなるのか」と原作にはない面白みを見つけたりすることができそう。
西原ファンはもちろんですが、上京して「ちょっとうまくいかない」とモンモンとしている人が見たら、同郷の友達を見つけたような気持ちになれるかも。「ヒロインと一緒に頑張ろう」そんな気持ちにさせてくれる映画です。
(映画ライター=斎藤 香)
『上京ものがたり』
2013年8月24日公開
監督・脚本: 森岡利行
原作: 西原理恵子 『上京ものがたり』(小学館刊)
出演: 北乃きい、池松壮亮、谷花音、松尾諭、木村文乃、黒沢あすか、西原理恵子、岸部一徳、瀬戸朝香ほか
(C)2012西原理恵子・小学館/「上京ものがたり」製作委員会