[公開直前☆最新シネマ批評・インタビュー編]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかからおススメ作品の監督を直撃インタビューします。
5月23日（土）劇場公開の映画『追憶と、踊りながら』は、介護ホームにいる母親と、息子の恋人である男性との交流を描いたイギリス映画です。介護に関する映画というと、社会派のイメージが強いのですが、この映画はそれとは一線を画しています。実に個人的かつ独創的な作品なのです。
そんな『追憶と、踊りながら』のホン・カウ監督が来日。この独特な世界観の秘密を監督に語っていただきました。
【物語】
中国人の老女ジュン（チェン・ペイペイ）はロンドンの介護ホームで暮らしています。彼女は夫を亡くし、一人息子のカイ（アンドリュー・レオン）を頼りにしていますが、彼は親友のリチャード（ベン・ウィショー）と暮らしています。彼女は息子のカイに、もっと家族である自分を大切にしてほしいと思っています。
しかし、カイには秘密がありました。実はリチャードは彼の恋人なのです。ゲイであることを母親のジュンに打ち明けられないカイ。
そんな中、ジュンはカイを失ってしまい……。
【母親を介護ホームに入れることへの罪悪感】
本作の監督であるホン・カウ監督はカンボジア生まれ、ヴェトナムで育ち、のちにロンドンに移住しています。母親と息子の関係は、カウ監督自身の経験も投影されています。作品中の母ジュンは、ロンドン生活が長いのに英語を話せません。ずっと夫に頼ってきて、夫が亡くなったあとは息子であるカイに頼り切っていたからです。
カウ監督は、自身のお母さんについて “似たような関係だ” と語ります。
「僕は移民でバイリンガル。そしてうちの母親もジュンと同じようにあまり英語を話せないから、カイと同じように僕が通訳がわりをしていました。そういう意味では実にパーソナルな映画ですね。ただ監督しているときはカイと自分を重ねたり、ジュンと母親を重ねたりすることはありませんでした。何しろ、監督はやるべきことがたくさんありますからね。」
映画では、介護ホームに入れられたジュンがカイに不満をぶつけます。親の介護に直面する息子について、カウ監督は「自分でも答えのない疑問を映画化したかった」と語ります。それはどういう意味でしょう？
「僕はこの映画を介護についての社会派映画のようにするつもりは最初からなかったんです。でも今、僕の母は74歳で元気ですが、いずれ介護ホームに行く日が来るかもしれない。そして僕は母をそうするべきかとカイのように悩むでしょう。僕はそれを考えるだけでも罪悪感を感じるし、答えもまだ見つけていません。だからカイと同じ境遇になったとき、どう思うのか、どんな葛藤があるのかというのをこの映画で描きたかったのです」
【世界で一番美しい介護ホーム】
この映画を見て、最初に驚くのはジュンがいる介護ホームです。誰もがイメージする介護ホームとは全く違う、センスのいいアンティークなホテルのようなホームで「こんなオシャレな介護ホーム、日本にもあればいいのに」と思ってしまいます。カウ監督は美意識が相当高いのではないかと思い、そのことを監督に聞いてみると、次のような答えが。
「映画の美術にはこだわりがあります。この映画はカイのいる過去とカイのいない現在が交錯して進む物語なので、そこを美しく描きたいと思いました。また、とあるドキュメンタリーで “ ヨーロッパでは老人ホームでハッピーでいるために、自分が一番楽しかった時代のインテリアにすると気持ちが明るくなる” ということを取り上げており、それを参考にしました」
なるほど、老いるとついつい昔話に花が咲くという人は多いですからね。それと似たような気持ちなのでしょう。でも映画のジュンは、あの素敵な部屋を嫌っていましたね。
「彼女は中国人なので、あの部屋はハッピーでも何でもないのです。“ヨーロッパの人の幸福な時代であり、私の幸福な時代はこんな部屋じゃないわ” と（笑）」
ジュンは部屋なんてどこでもいいのです。ただ息子のカイと一緒にいられれば幸福。その愛の深さは永遠です。
【超ハードなスケジュールに驚き！】
リハーサルは２週間、撮影期間は17日、インディーズ映画なので予算は少なく本当にハードだったそうですが、そんな良いとはいえない環境でも、こんなに美しい映画に仕上がるとは。
「カイを失った悲しみはリチャードもジュンも一緒です。でも悲しみの質が違う。リチャードは感情を表に出しますが、ジュンは寡黙で瞳で表現をしています。悲しみの表し方に世代間の差があり、そこをうまく演出しなければと思いました。愛する人を失った物語ですが、大げさなメロドラマにはしたくなかったのです」
本作はカウ監督の演出センスの素晴らしさもありますが、「グリーン・デスティニー」などのベテラン女優チェン・ペイペイと、「007 スカイフォール」「クラウド アトラス」のベン・ウィショーが、カイの母とカイの恋人リチャード役を演じたことも大きいです。
特にカイのかわりにジュンの世話をするリチャード。ジュンに冷たくされても、優しく接しつづける彼の心の清らかさは泣けるほどで、これはベン・ウィショーの演技あってこそ！
母と息子、そしてその恋人との関係を悲しく切なく美しく描いた『追憶と、踊りながら』。じっくり味わいながら見たい作品です。
取材・執筆＝斎藤 香（C）Pouch
『追憶と、踊りながら』
2015年5月23日より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督：ホン・カウ
出演：ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ、アンドリュー・レオン、モーヴェン・クリスティ、ナオミ・クリスティ、ピーター・ボウルズほか
(C)LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014