【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。
今回ピックアップするのは映画『半世界』(2019年2月15日公開)。稲垣吾郎さんが、過疎化した地方都市で備長炭作りの職人を演じている作品です。吾郎さんがとってもいいんですよ~。
そして家族、友情、夫婦の関係にも泣かされました。では物語から。
【物語】
地方都市の校外。炭焼き窯で備長炭を製炭する職人として暮らす高村紘(稲垣吾郎)は妻の初乃(池脇千鶴)と息子の明(杉田雷麟)と3人暮らし。
ある日、中学時代の友人で自衛隊員の沖山瑛介(長谷川博己)が海外派遣から帰国し、地元に戻ってきます。なんでも妻子と別れて独り身とのこと。紘は引きこもり気味の瑛介に仕事を手伝ってもらうことにします。瑛介は紘の仕事する姿に影響を受け、紘も瑛介に仕事を教えることで、毎日に張り合いを見出していきますが、思いもよらない出来事が起こってしまうのです……。
【地味な役で開花する稲垣吾郎の演技力】
SMAP時代から、さまざまな作品で俳優としての演技力に磨きをかけてきた稲垣吾郎さん。その実力がいぶし銀の魅力を持って開花したのが本作です。何しろ山に囲まれた地でたったひとりで備長炭を作っては売る職人役です。でもこの役だったからこそ、役者・稲垣吾郎の魅力がしっかり伝わったのではないかと思います。
【小さなきっかけで単調な生活が色づいていく】
稲垣さん演じる紘は、父親の跡を継いで職人になった男ですが、やりがいを感じている様子はなく、息子が中学でいじめられていても無関心。妻が仲を取り持っているから何とかバランスが取れているような家族です。
しかし、中学時代の友人、沖山と再会し、同じく中学時代からの友人(渋川清彦)と3人で学生時代の関係を復活したことで変化が起こります。
仕事は炭材を伐採するところから始まるのでなかなかの重労働。元自衛官の沖山が驚くほどです。沖山に仕事を教えながら、さまざまな会話をするうちに、紘の毎日はイキイキと変化していきます。同じ毎日の繰り返しに少し刺激が加わったことで、彼は視野が広くなり、周囲の人々を気に掛けるようになり、息子への態度も変わるのです。
「俺の人生、何もない」と思っていたけど「そんなに悪くない」に変わっていく感じでしょうか。人の人生が変わるのは、大きな事件ではなく、ささいな出来事なのかもしれないと思わされます。
【かわいい夫婦愛からの急展開!】
稲垣さんはそんな紘の変化を絶妙な芝居で見せていきます。彼の演技は心にしみてくるような静かな説得力があるんですよねえ。また妻役の池脇さんとの関係も素敵で、彼女の行動を見ていると、紘を深く愛していることがビシビシ伝わってきます。特に妻が紘に作るお弁当には愛がたくさんこもっていてかわいらしく、とても素敵な夫婦です。
そんなふうに紘の人生にいい風が吹き始めた矢先に起こる出来事はショッキング過ぎて「えー、そんな!」と試写室で言葉を発しそうになりました。
でもこれも人生なんですよね、しんどいけれど、受け止めねばいけないことなのだと、いつの間にか紘の家族のような気持ちで見ていました。
【映画の世界の中で生きる稲垣吾郎】
この映画の中で描かれるのは、主人公の中で起こるちょっとした意識の変化や、そこから生まれたささやかな幸福の記録です。
友情、親子、夫婦の姿を通して描いた『半世界』。そして、主人公だけど「俺が俺が」とでしゃばることなく、物語の世界の中で生きていた稲垣さん。本作を見て、稲垣さんの芝居をもっともっとスクリーンで観たくなりました。
執筆=斎藤 香(c)Pouch
『半世界』
(2019年2月 全国ロードショー)
監督:阪本順治
出演:稲垣吾郎 長谷川博己 池脇千鶴 渋川清彦 小野武彦 石橋蓮司
配給:キノフィルムズ
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