【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。
今回ピックアップするのは実話を基にした映画『ホテル・ムンバイ』(2019年9月27日公開)。2008年にインドで起きたムンバイ同時多発テロにより、五つ星ホテル「タージマハル・ホテル」が占拠された事件を描いたリアルかつスリリングな作品。これが素晴らしかった!
テロの恐ろしさだけでなく、窮地に陥った中、宿泊客を命がけで救おうとするホテル従業員たちの行動が胸を打つのです。では物語から。
【物語】
2008年11月26日、インドの大都市ムンバイの「タージマハル・ホテル」近くの駅で武装テロ集団が100名以上の駅員と乗客を射殺する事件が勃発しました。混乱した駅から人々が安全なホテルに流れ込んで来るのですが、その中に若いテロリストが何人も紛れ込んでおり、彼等はロビーで一斉に銃を乱射。逃げた宿泊客はホテル内の各部屋へ避難するものの、テロリストは部屋を回って襲撃を繰り返します。そんな中、ホテル従業員たちは、宿泊客たちの命を守ろうとあらゆる手を使って、安全な大部屋へと移動を試みるのですが……。
【恐怖とスリルの中に描かれる感動】
映画『ホテル・ムンバイ』、本当にすごい映画でした。突然現れたテロリストに人生を奪われるかもしれない恐怖を描きつつ、同時に宿泊客を救おうと奔走するホテル従業員たちの使命感と行動力も描いており「こんないい人いるの?」ってくらいで素直に大感動です!
なにしろ「自分さえ助かればいい」という身勝手な考えの者はこのホテルにはいません。料理長は部下に「逃げたい者は逃げなさい。恥ではない」と言いますが、多くのスタッフは「ここが家です!」と宿泊客を救うことを選ぶのです。なんて尊い人たち……。そんなホテルスタッフの勇気には泣かされました。
【ホテル従業員と宿泊客から見たテロ】
この映画の中心人物のひとり、レストランの給仕係のアルジュン(デヴ・パテル)は、ターバンを巻いたシーク教徒。そのため、宿泊客から差別的な目で見られますが、お客様ファーストを貫くことで、宿泊客を安心させる存在になっていきます。アルジュン役は、テロのときに勇気ある行動をとったホテル従業員数人をミックスさせたキャラクターだそうで、彼はこの映画の勇気の象徴として描かれています。
一方、宿泊客でクローズアップされるアメリカの建築家デヴィッド(アーミー・ハマー)の家族は、娘とベビーシッターと夫婦が離れ離れになってしまい、挙句の果てには夫婦はテロの人質に。テロリストは下っ端の若者で過激派組織のボスの命令に従うことがすべてだから、逆に話が通じないところが怖い。もう聞く耳持ちませんから。
本作で意外だったのは、テロリストも人の子であると描いているところです。彼らが親に電話で優しい言葉をかけている姿を見ると「なぜこんなことを」と複雑な気持ちになりました。家族を大事にしている優しい心を持っているのに、その一方で罪のない人を殺している……。おそらく、強い信仰心が過激派組織に利用されていまったのでしょう。テロ行為は人として最低な行為かもしれませんが、彼らをそういう人間にしてしまったのは誰なのだろうと考えてしまいました。
【ホテルスタッフの素晴らしい人間力】
映画では、ホテルの一部が燃やされたり、爆破されたりという現実で起こったことと同じような映像でこのテロの恐ろしさを描いています。でもホテル内の人質は500名以上だったにもかかわらず、死傷者は32名。これはすべてホテル従業員が宿泊客を守ったからかと。亡くなった方のご冥福を祈りつつ、決死の覚悟でホテルと宿泊客を守り切ったホテルの従業員の方々には尊敬の念に堪えません。
日本の社会も変わりつつある現代、これはもう海の向こうの話だけではありません。テロの恐ろしさ、屈しない勇気、どんなときでも失ってはいけない冷静さ、人と人とが窮地で協力しあうことなど、本作の演出がリアルだからこそ、見えてくるものがあり、しっかり心に留めておくべき映画だと思いました。
執筆:斎藤 香 (c)Pouch
『ホテル・ムンバイ』
(2019年9月27日より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー)
監督:アンソニー・マラス
出演:デヴ・パテル、アーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ、アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス
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