[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは、日本アニメ界の巨匠・宮崎駿監督の新作『風立ちぬ』です。ジブリの映画は大人も子供も夢中にさせる力を持ち、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『崖の上のポニョ』の影響か、宮崎監督作はファミリーピクチャーと思われている節があります。
が。しかし、新作『風立ちぬ』は少し趣が違います。宮崎アニメで一番ロマンチックな大人のアニメだからです。
1920年代の日本を舞台に、飛行機に憧れ、零戦(零式艦上戦闘機)の設計者として懸命に働く堀越(庵野秀明)。その背景には戦争があるけれど、彼は零戦の設計に魅せられていきます。やがて彼は菜穂子(瀧本美織)と出逢い、恋に落ちますが、菜穂子は結核に侵され療養することに。菜穂子を一途に想いながらも、戦闘機の設計をコツコツと続ける堀越。状況は常に変化していき、周辺の人々の思いも揺れる。それを受け止めながら、堀越は自分の人生を歩んでいく……。
零戦の設計士・堀越二郎の人生に堀辰雄の小説「風立ちぬ」の物語をプラスして描いたこの作品。この映画の素晴らしさは、その純度の高さです。職人監督ならではの一途さが、主人公の堀越を通して描かれているのです。
堀越は飛行機への思いを胸に抱きつつも、戦争のために戦闘機を作るという行為に悪夢を見ます。それでも作らざるを得ない、情熱を抑えきれない様は、アニメーターとして第一線を走り続ける宮崎監督の姿が重なります。
また堀越と愛する女性・菜穂子との関係も実にはかなく、まさにふたりは “短くも美しく燃え” というカップルです。結核の彼女の側でタバコを吸いながら設計図を描くような一面がある堀越ですが、菜穂子は何もいいません。彼のすべてを受け入れているからです。おそらく彼の唇からもれるタバコの煙さえ、愛しいのでしょう。命の灯がいつ消えるかわからないからこそ、相手のすべてを受け止める。菜穂子の愛の深さには、自然に目頭熱くなり、気が付いたら涙ぐんでいましたよ。
宮崎監督はこの映画について、
「描かねばならないのは個人である。リアルに、幻想的に、時にマンガに、全体的には美しい映画をつくろうと思う」と語っています。
震災、戦争、戦闘機、結核など様々な時代の波がこの映画を通り過ぎていきますが、監督がじっと見つめているのは主人公の堀越がどうやって生きるのか……ということです。
愛する人の命が揺れているからこそ、彼は自分らしく生きる。その生き様は、堀越のキャラクターらしく熱く燃え上がるような、ガッツ溢れるようなものではないけれど、実に日本人らしい内面の強さが画面から伝わっていきます。何が何でも零戦の設計図を完成させる、何が何でも菜穂子を愛す。そこにあるのは堀越の汚れない真っ白な魂です。それが、この映画の純粋さの秘密でしょう。あまりにも純粋すぎて、なんだか泣けてしまうのです。
声の出演は、主人公の堀越を宮崎監督と同じアニメ界の鬼才・庵野秀明氏が担当しています。「声優でもないのに?」と驚きでしたが、庵野氏はプロデューサーにすすめられオーディションを受けたところ、宮崎監督に「やって」と言われたそうです。庵野氏曰く、堀越との共通点は「夢を形にしていく仕事をしているところ」。アニメ・映画監督も飛行機の設計士も源は同じなのでしょう。そこにシンパシーを感じながら演じていたのかもしれません。
意外にもラブシーンもありますし(!!)子供向けの映画ではありません。でもこの夏は『ローン・レンジャー』や『マン・オブ・スティール』(スーパーマン)など、威勢のいい派手な夏映画が多いので、そんななか『風立ちぬ』は、落ち着いて見られる大人の映画として清涼剤のような働きをしそう。静かな感動をお約束します。
(映画ライター=斎藤 香)
『風立ちぬ』
2013年7月20日公開
監督:宮崎駿
声の出演:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、スティーブン・アルパート、風間杜夫、竹下景子、志田未来、國村隼、大竹しのぶ、野村萬斎ほか
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