[ 最新シネマ批評・俳優編 ]
映画ライター斎藤香が最新映画の中からおススメする、いま注目の俳優についてお届けします。
ミュージシャンが映画出演するのは珍しいことではなく、あの福山雅治は、是枝裕和監督作『そして父になる』で主演していますし、星野源、大友康平、峯田和伸、女性だとCHARA、最近ではmiwaも出演していますね。ミュージシャンその人にイメージに合せた映画であることもあれば、完全に役者として音楽とは切り離して演じる人など様々です。
映画『トイレのピエタ』は、漫画家・手塚治虫の病床日記をヒントに松永大司監督が書き上げた脚本。主演は最初から決まっていたわけではなく、松永監督がロックバンド「RADWIMPS」の野田洋次郎に白羽の矢を立てたのです。このキャスティングがドンピシャ。演じてる感がないのに、映画の世界にどんどん引き込んでいくんですよ。鑑賞レビューでも「演技は巧くないけど、良かった」「俳優じゃないシロウトぽさが逆によかった」という声多数。
というわけで、今回は映画『トイレのピエタ』の野田洋次郎をクローズアップ!
【絵描きとミュージシャンの心がリンクした!】
野田洋次郎が演じるのは絵描きを目指していたが、絵を諦めて高層ビルの窓掃除の仕事をしている園田宏(野田洋次郎)。ある日、がん告知をされた彼は投げやりになるが、病院で出会った女子高生(杉咲花)、中年男(リリー・フランキー)との交流を経て、死の前にあることをやり遂げようとするのです。
野田氏をキャスティングした松田監督はこう語っています。
「絵を描く主人公なのでアーティストと呼ばれる人がいいと思いました。ミュージシャンは特にしっくりきて、いろんな人の音楽を聴くうちに、野田洋次郎を知ったのです。彼の歌う死生観が映画のテーマに重なり、ライブ映像で彼を見て“この人はできる”と確信しました」
とはいえ、メディアにほとんど出ないミュージシャンゆえ、「オファーはダメかなと覚悟をしていた」という監督。ところが野田氏は映画初出演のオファーを受けたのです。その理由は、脚本の良さとタイミングの絶妙さがあったそうです。
野田氏はこう語っています。
「いただいた企画書の段階で”おもしろいな”と思いました。主人公が当時の自分と同じ年で、自分の通ってきた人生や思考に近く、彼の気持ちが手に取るように理解できたのです。彼がどんな風に生きていくのか、死んでいくのか他人事とは思えなくて。これほどシンクロナイズドすることがあるんだと、運命を感じました。それとデビューして10年、いい意味でタガが外れたと言うのがあると思います。それまでは期待以上の曲を作るために、手を広げてはいけないと、自分の純度を守ろうと肩肘はってきたのですが……。でもこの年になって、どこにいてもにごりなく自分でいられる自信がでてきたのかもしれません。そんなタイミングで出演依頼をいただいたのです」
運命の出会いに上手に乗ったと言えますが、それだけじゃない。野田氏自身の仕事を選ぶ目の確かさあってこそです。
【演じないけど引き込むオーラの凄さ】
映画を見ればわかるのですが、園田宏=野田洋次郎という感じなので、しゃべるだけでもう宏。野田洋次郎を想定して書かれた脚本じゃないのに、これほどピッタリなのは本当に驚きです。演じてないけど宏になっている、観客を引き込んでいく、これぞオーラでしょうか。
この映画で野田洋次郎や、彼のバンドRADWIMPSを知った人は多いでしょう(記者もそうです)。映画『トイレのピエタ』をきっかけに、周囲は彼を放っておかないかもしれませんね。ちなみに、この作品には佐藤健もちょい役で出演しています。どこに登場するか探してみてください。
執筆=斎藤 香(C)Pouch
『トイレのピエタ』
2015年6月6日より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開中。
(C)2015「トイレのピエタ」製作委員会