[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかから、おススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは、ドイツ映画『帰ってきたヒトラー』(2016年6月18日公開)です。
ヒトラーがタイムスリップして2014年のドイツに現れたことから始まる大騒動を描いた、ドイツのブラックコメディ。ヒトラー本人が現世に甦っているのに、モノマネ芸人だと思われて人気者になっていくプロセスは、ニヤニヤしつつもやがてゾっとするという、毒とパンチが効いている風刺映画です。
【物語】
1945年に命を失ったはずのヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が目覚めた場所は2014年のドイツ。なんと彼は甦ったのです。しかし、若者たちは「アンタ、誰?」という感じだし、ヒトラーを知る者は「ソックリ芸人でしょ」と勘違いしています。誰も本物だとは思いません。
その後、売店の新聞で、今が2014年だと知ったヒトラーは、ひょんなことからテレビ局をクビになった男、サヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)と知り合います。
サヴァツキは「このヒトラーのソックリさんを使って、ドイツを歩く番組を制作して復帰しよう!」と試みます。
ヒトラーは行く先々で、道ゆく人にドイツへの不満を聞いたり、自身の考えを語ったりするうちに、ヒトラー芸人として人気者になっていき、次第にドイツの国民の心を掴んでゆくのです。
【独裁者が出来上がるまで!?】
この映画は、ティムール・ヴェルメシュ著のベストセラー小説の映画化です。ありえない設定のブラックコメディなのに、なんだか空恐ろしく感じるのは、こうやって権力者は支持を得ていくという、そのプロセスを垣間見られるからかもしれません。
ドイツ中をインタビューしてまわるヒトラーは、ドイツ国民にキャーキャー言われます。ツーショットを撮られたり、難民問題の悩みを打ち明けられたり……。みんなモノマネ芸人だと思っていて、面白がっています。
でも、テレビのトーク番組に出演するようになると、ヒトラーはスタジオ観覧者や視聴者の心をわしづかみにする演説をして支持者を得ていくのです。みんな、まるでヒトラーが帰ってきてウェルカムみたいな、恐ろしいホロコーストのことなんて、すっかり忘れちゃったような……。
【ヒトラーを選んだのは民衆なのだ!】
ダーヴィト・ヴネント監督は ”ヒトラーを笑っていいのか?“ という疑問について、こう語っています。
「笑っていいのですが、その方法が重要です。映画では『チャップリンの独裁者』という名作がありますが、ヒトラーのコメディすべてが笑えるわけじゃない。大切なのはヒトラーの行為と犠牲者たちのことを笑いにしてはいけないということです。
またヒトラーをただのモンスターとして描くと、民衆が負うべき責任を軽くすることになる。ヒトラーに投票する国民がいなかったら、彼が政権を握ることもなかったのだから」
そうなんですよね。これは今、都民が痛いほど感じていることではないでしょうか。辞職した都知事を選んだのは誰? とかね。「期待して選んだのに裏切られた」とも言えるけど、選挙の際、もっともっとよく考えなくちゃと思わせられますよ。
【ヒトラーの人の心を捉える才能と握力の強さ】
また映画での、ヒトラーの人の心を捉える才能と握力の強さが凄いんですよ。ヒトラーは今いる世界が2014年である、とわかっても、自分の思想を貫き、過去の反省はありません。同じ道を歩もうとするのです。高いところから人々を見まわして、さて、どう動こうかと常に頭をフル回転させている感じが不気味。
もちろん「この男は危険だ」と気付く人も多くいるし、ユダヤ人の老女はナチに家族を殺された恨みを抱えていたりします。でもそういう反ヒトラー派よりも、意志の強さ、明確な思想、独特の話術、自信に満ち溢れた態度に、多くの民衆は惹きつけられていくのです。やっぱり人って、はっきり物を言う強い誰かに導かれたいのかもしれません。
【笑いが恐怖へと変わっていく映画】
最初はヒトラーが甦って、カルチャーギャップに混乱したり、モノマネ芸人として人気者になったりして、その存在にニヤニヤできるのですが、ヒトラーが自身の力を発揮していくにつれ、もう笑えないよ~怖いよ~! という展開に。
また、ヒトラーが現代に通用するっていうのが恐ろしく、文明は進化しても、人の心の根本は変わっていないのかもしれないとも……。国を統治する人間は必要ですが、ちゃんと見極めないとね! と思わずにいられない映画です。
執筆=斎藤 香 (C) Pouch
『帰ってきたヒトラー』
(2016年6月18日より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー)
監督:デヴィッド・ヴェンド
出演:オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、カッチャ・リーマンほか
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