夏まっさかり。旅行や帰省など、この時期は遠出する機会も多いのではないでしょうか。旅はとっても楽しいけれど、帰る頃になるとちょっぴり頭を悩ませるのが……そう、お土産ですよね〜〜〜〜。
どれにしようか、そもそも誰に買っていこうか……旅行前に、お土産リストを作ることもしばしば。職場や学校に配る「ばらまき土産」なんて言葉が生まれるほど、お土産文化は日本に深く根ざしています。
でもどうやら、この「お土産文化」海外にはないらしい……? マジかー。というわけで、ライター仲間のアメリカ人に聞いてみました。
「日本のお土産文化、海外にもありますか?」
【お土産、あります】
いきなりですが、「アメリカにもお土産はあります」とハッキリ回答が。あ、ないわけじゃないんだ。
でも、会社の同僚にお土産を渡す “義務” のような気持ちはないし、友人についても「よっぽど仲が良くて、その人の好みに合うようなものが旅先で見つかって、かつ旅行から帰ってすぐに会えそうなら買う」とのこと。
日本のように、小分けの物をばらまく習慣はないみたいですねえ。
【恋人や子どもに、気持ちを込めて】
同僚や友人にお土産を買わないとしたら、どういう相手に買うのかというと……それは恋人や子どもたち!
「置いていってごめんね」「旅先でもずっとあなたのことを考えていたよ」という気持ちを伝えるために、お土産を渡すのだそう。お土産が愛情表現ってことかあ……。素敵やん……?
【いちばん大きな差は「食べ物」】
そしてどうやら、日本とアメリカの「お土産文化」でいちばん大きな差があるのは “食べ物” みたい。
日本ではどこへ行ってもその地方を代表する「名物」がある。ひとくち菓子とか、無難に作られていているからあまり個人の好みを気にしなくていい。こういうのならばらまき土産として使えるよね、とアメリカ人ライター。
たとえば『もみじ饅頭』や『白い恋人』は、特に好きじゃなくても食べれば消えるものだし、どうしても嫌いなら家族の誰かに渡すこともできる。
さらに「宮島のシカ、可愛いよね!」「札幌の時計台、小さくない?」など、会話のきっかけにもなるし、いいものだと思う……と、思いもよらなかった海外視点に目からウロコが落ちまくり。
たしかに日本には、「手土産は消え物のほうが相手の迷惑にならない」という考え方がありますよね。お中元やお歳暮も、基本的に食品か消耗品だし。
『通りもん』をもらって「あ、博多行ったの?いいなあ!」みたいな反応しちゃうのも身に覚えが……。
ふわあ〜、日本の文化を海外からの目線で見るのって面白い!
【アメリカは「モノ」を渡す】
一方アメリカの場合、「地方ならではのお菓子」があまりない上に、そもそも食べ物を贈る習慣もほぼないため、必然的にお土産=残るものになるのだそう。
地名ロゴや風景が入ったTシャツやキーホルダー、マグカップなどがアメリカのお土産に多いのは、そういうわけなんだぁ。
そして「モノ」を渡すとなると、ますます相手の好みを深く知っている必要があるので、必然的に家族や恋人などごく親しい人だけに渡すことになる……と。
話を聞いてみるまで考えたこともなかったですが、なんとも興味深い違いでした。
【スーベニアじゃなくてプレゼント?】
さて、お土産、という単語の英訳は「スーベニア(souvenir)」とされることがほとんどです。でもわたしが知る限り、カナダで「スーベニア」というと他人に渡すためのいわゆる “お土産” ではなく、おもに自分のための旅の記念品を指していました。
中でも印象に残っているのが、観光地や美術館など、多くの人が訪れる場所でよく売られていた風景が描かれたスプーン、その名もずばり「スーベニアスプーン」です。
「へえ〜、昔の観光地で売ってた木刀みたいな感じかな?」と思っていたのですが、なんとそれで正しかった。ホストマザーがこれを旅の記録として収集していてビックリしました。
また、一緒に美術館を訪れたときに、彼女が「これはあなたへのプレゼント(present)よ」と作品がプリントされたポストカードを手渡してくれたことも覚えています。
その当時は気づきませんでしたが、お土産でも、誰かに渡すときはスーベニアではなく「プレゼント」なんですね〜。
【文化の違いって面白い!】
お土産をばらまく習慣って「正直めんどくさいな」と思っていました。でも、違う文化の視点からとらえると、なんだかとっても素敵な文化なのかも。
次に旅行に出かけるときは「日本的」「アメリカ的」「カナダ的」それぞれの視点でお土産を探してみようかな!
執筆:森本マリ
Photo:(C)Pouch