【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、アウシュビッツ収容所の隣で暮らす幸せな家族の物語を描いた映画『関心領域』(2024年5月24日公開)です。第96回アカデミー賞で国際長編映画賞、音響賞を受賞した映画で、この映像美からは想像できない “とんでも映画”でした。
試写で鑑賞させていただきました。さて、物語からいってみましょう。
【物語】
青い空の下に広がる広い庭。花が美しく咲き、子どもたちの元気な声が聞こえます。広い家で暮らすファミリーは幸せそう。
しかし、その家の隣はアウシュビッツ収容所。この一家は、収容所の所長ルドルフ(クリスティアン・フリーデルさん)の家族なのです。妻のヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラーさん)は、この家を大いに気に入っており、庭の手入れに余念がありません。
そんなある日、ルドルフに異動命令が。しかし、ヘートヴィヒは「ここは理想の場所。絶対に離れない」と激怒するのです。
【隣で起こっている恐ろしいこと】
アウシュビッツ収容所で多くのユダヤ人が虐殺されたことは皆さんもご存知だと思います。本作はその収容所の隣で笑顔で暮らす収容所所長一家の物語。
大きな事件が起こるわけではないのですが、幸せな光景の中に不穏なものが見え隠れしています。
1番ハッとしたのは音。映画が始まってからずっと重低音でブォオーというような音が聞こえるんですよ。空耳かなと思っていたのですが、なんかずっと聞こえていて気味が悪い。それについて説明はないのですが、隣の収容所で何かを燃やしている音だと思うんです。燃やしているものは……。
それに気づいたとき、この家族はあの音をずっと聞きながらニコニコと生活しているなんて「正気か?」と思いましたよ。
【赤ちゃんとヒロインのお母さんが気づいたこと】
収容所の所長一家には赤ちゃんがいるのですが、この子がよく泣くんです。夜中に泣き叫ぶこともあり、家族は「この子はよく泣くわね」とか、のん気に言っているんですが、赤ちゃんは敏感に隣の地獄を感じているような気がするんです。
またヘートヴィヒのお母さんは邸宅に来た当初、娘が笑顔で毎日暮らしていることに満足そうなのですが、夜に隣から聞こえる音、泣き叫ぶ赤ちゃんに精神を消耗させてしまい、この家に滞在することに耐えられなくなってしまいます。
ヘートヴィヒと違い、お母さんはその恐ろしさをヒシヒシと感じていたのかもしれません。
【地獄の隣に平和はあるのか】
本作はアウシュビッツ収容所で起こった恐ろしい虐殺を直接的に描くことはなく、すべて音で表現しています。これが想像力を掻き立て、見えないからこその怖さを煽られます。
また隣で何百人が殺されようと「この家と環境は子育てにも最高」と熱く語るヘートヴィヒ。その神経がまったく理解できないのですが、差別主義者だと思われる彼女は、悪が滅びていく収容所の隣での暮らしは彼女にとって悪くない環境なのだろうなとも思いました。
ジワジワと怖さが心に染み込んでくる映画ですが、ナチスやアウシュビッツ収容所を描いた多くの映画の中でも新しい切り口で描かれた作品。そこが新鮮でありました。
とても美しい映像と美術の中で繰り広げられる幸せ家族の裏側の狂気。あなたはどう解釈するでしょうか。
執筆:斎藤 香(c)Pouch
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『関心領域』
(2024年5月24日公開)
原作:マーティン・エイミス
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー