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【映画批評】“正義の味方” がひとりも出てこない衝撃作『アシスタント』究極の選択を前にヒロインはどうする?

2023年6月27日

【最新公開シネマ批評】映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

今回ピックアップするのは、映画『アシスタント』(2023年6月16日公開)映画プロデューサーを目指して大手エンタテインメント企業に就職したジュニア・アシスタントの女性が体験する1日の出来事を描いた本作。

憧れと現実のギャップがリアリティを持って描かれプラスの衝撃もある力作でした。

※一部、ネタバレがあるので鑑賞前の方は要注意です!

【物語】

名門大学を卒業し、大手エンタテインメント企業に就職したジェーン(ジュリア・ガーナーさん)。彼女は映画プロデューサーを目指しているのですが、事務作業に追われる日々にうんざりしています。

ある日、いつもと同じように出社して激務をこなしていたジェーンの元に、新人アシスタントの女性がやってきます。会長が見つけてきたというその若い女性は業界未経験の元ウェイトレス。

「なぜ彼女がアシスタントに?」という彼女の疑問は、自身のキャリアを左右する事態に発展していくのです。

【入社してからわかること】

映画は冒頭、主人公のジェーンが朝早く出勤し、淡々と仕事に取り組む様子を映し出します。

彼女の仕事は、会長のジュニア・アシスタントとして、スケジュールに合わせて飛行機、ホテルの予約を取るなど、会長の仕事がスムーズに運ぶように準備を整えること。会長不在の時間は、部屋を片付けたり、先輩アシスタントのランチを注文したり、上司の子供のお守りまで……。

ジェーンは言われたことには素直に従いますし、仕事はテキパキとして早いけど、常に無表情で全然楽しそうじゃない。

映画プロデューサーになることが目標のジェーンにとって、憧れの会社だったはずが映画とは無縁の仕事ばかり。おまけに会長の奥さんからの電話に上手に対応できず、会長に無能呼ばわりされてしまい、ジェーンのやる気はどんどん削られていきます。

彼女は愚痴りませんが、その表情は「こんな毎日がいつまで続くのか」と語っているようです。

「私がやりたかった仕事と違う」
「ずっとこのままなのだろうか」
「チャンスはやってくるのだろうか」

向上心があり、将来の目標がはっきりしているからこそ、ジェーンは理想と現実のギャップがしんどいのです。

【セクハラの気配…!】

前半を観て、私は、“意気揚々と入社したけど、やりたいことと現実のギャップに苦しむ女性の話” だと思っていました。でも後半、会長がスカウトした新しいアシスタントの女性をジェーンが高級ホテルに送るあたりから、不穏な空気が漂い始めます。

「なぜ新人アシスタントを高級ホテルに宿泊させるの??」
「ほかの目的があるんじゃないの?」

とジェーンと共に観客もセクハラの気配を感じ始めます。会長の社内セクハラには薄々勘付いていたジェーンですが、エンタメ業界のことを何も知らない若い女性まで連れ込むとは……!

【本作のメインは勇気のある人じゃない】

その後、ジェーンがどのような行動を起こしたのかは映画で観ていただきたいのですが、この映画で思い出すのは、2017年に報道された大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの数十年にわたるセクハラ事件。

SNSではハッシュタグ「#MeToo」で拡散され、エンタテイメント界の数々のセクハラ事件も明るみに出ました。この映画はフィクションですが、もしかして会長のモデルは……。

とはいえ、本作がスポットを当てるのは「#MeToo」のような勇気ある告発者ではありません長い物に巻かれてしまう存在、権力者の横暴を許してしまう背景なのです。

相手が権力者であるほど、見て見ぬふりをする人は多いと思います。特に当事者ではなく第三者ほど「巻き込まれたくない」と思うでしょう。

告発したことで自分のキャリアが無になってしまうかもしれないし、どうなるか予測できないから怖い……。だから言うべきだとわかっているけど、言わない選択をする人が多いのではないでしょうか。

【キャリアか真実か、どちらを選ぶ?】

ジェーンの上司である会長は “アメとムチ” の使い方が上手く、ジェーンのミスを罵倒したかと思うと、周囲に「あの子は賢い。実によくやってくれる」と褒めて、何気なく彼女の耳に入るようにするんです。

彼女はセクハラは最悪だと思っているけれど「出世のチャンスあるかも」と期待もするわけですよ。それは彼女自身が会長のセクハラの対象じゃないことも大きいのかもしれません。

正直言って、観終わったあとスカッとする映画ではありません。会社全体が共犯関係みたいで、“正義の味方” がひとりも出てこないところがすごくリアル……。でもこのような問題について考えるきっかけをくれることはたしかです。

あなたなら、どうしますか。

執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo:©2019LuminaryProductions,LLC.AllRightsReserved.

『アシスタント』(原題:TheAssistant)
(2023年6月16日より新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー)
監督・脚本・製作・共同編集:キティ・グリーン
配給・宣伝:サンリスフィルム
出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リー

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