ここは、恵比寿の外れに佇む雑居ビルの2階、スナックマリアンヌ。ダメそうでダメじゃないちょっとだけダメな男に悩む乙女が夜な夜な集う、憩いの場です。今宵も、マリアンヌママに話を聞いてもらおうと、お客さまがやってきたようです。
――カランカラン。
乙女「すみません〜、入れます? 久しぶりに、彼氏ができたんです!」
ママ「あら、それはお祝いしなくっちゃ。さあさあ、入って」
乙女「でも……もうすでにうまくいかない予感がしてて……。ママ、聞いてくださいよー!」
【今日のダメ男さん:映画の趣味がマニアックすぎる男】
相談者:ハルカ(32歳)
職業:フリーランス・ライター
ダメ男さん:彼氏(34歳)
職業:システムエンジニア・趣味で映画批評メディアを運営
交際期間:3か月
出会いのきっかけ:行きつけのバーで居合わせて
ハルカ「私、女性向けの媒体でフリーのライターをしてます。前は出版社で働いてて、いろんな本の編集に携わってきたし、趣味も広い方だと思うんですよね。でも、彼の映画の趣味だけはさっぱりわかんなくって……」
ママ「あら、いったいどんな趣味なのかしら? 血がいっぱい出るようなスプラッター系とかかしら?」
ハルカ「スプラッターって、何ですか……?」
ママ「気にしないで。私の趣味の話。それで、彼はどんな映画が好きなのかしら?」
ハルカ「彼、もともと映画監督になりたくって、大学時代はサークルで映画を撮ってたみたいなんです。ドキュメンタリー映画が特に好きで、めちゃくちゃコアなものばっかり観てるんですよね。
毎日首吊りしてる人の日常を映した映画とか、聞いたこともないような国の若手監督がひたすら自分の顔を画面に映して3時間ぶっ通しで喋る映画とか。いっしょに観ても何が面白いのかさっぱりわかんない。打ちっぱなしコンクリートの壁ずっと見させられてるくらいに、マジで意味わかんない」
ママ「なるほどねえ。ドキュメンタリー映画って、『これ誰が見るの?』みたいなものもけっこう、あるものねえ……でもそういうのってなかなかよく眠れるものだったりもするわよ」
ハルカ「寝……? あ、それで、ミニシアターとかレイトショーとかに一緒に行くのはいいけど、理解できないマニアックな映画はちょっと……。
私はどっちかといえば、映画じゃないと表現できないような世界観のものが好きなんですよね、ハリウッド系の。あとはやっぱりSATCとか、見ていてワクワクするものが好きかな」
ママ「そう、なるほどね。ふたりの趣味、面白いぐらいに逆方向ね。それじゃ彼からマニアックな映画に誘われた時、ハルカちゃんはいつもどうしてるのかしら?」
ハルカ「そういうよくわかんないドキュメンタリー映画は、彼ひとりで行ってもらうようにしてます。この前、誘われたけど『ひとりで行って』って、言っちゃいました!」
ママ「あら、びっくりするほど強気ね! それって素敵だけど、彼氏のこと大事にしてないんじゃないかしら! 繰り返すけど、そういうの素敵だけど!
さっ、今日のおつまみは映画のおとも【ポップコーン】よ」
ハルカ「ちょっとママ、これ、そのへんのコンビニで買ったやつですよね?」
ママ「いいじゃない、おいしいんだから」
ハルカ「確かに…ポップコーンって、おいしいですよね。知らない間についつい手が伸びちゃうもん」
ママ「ポップコーンって、どの映画館にだってあるでしょう。その映画のジャンルが恋愛だろうが、ホラーだろうが、コメディーだろうが、コアなドキュメンタリー映画だろうが。だからね、あなたも一度ポップコーンになるべきなの」
ハルカ「へっ……なんで?」
ママ「ちょっと言い方が変だったわね。彼が推すどんな映画にも寄り添え、とは言わないわ。でも、一度くらいポップコーンみたいに何でも合わせられる気持ちになって、その時だけは彼の趣味に徹底的に付き合ってみる、というのはどうかしら? それで、なんとか理解してみる。好きな彼なら、難しいことじゃないでしょ。
で、その次はあなたが好きな映画に一緒に行ってもらうの」
ハルカ「でもSATCとか恋愛ものって『そんなの映画じゃない!』とかって、彼に言われそうだし…」
ママ「どこかの評論家だか教授だかが言ってたわよ、ジャンルで差別するのはブタのすることだって。いや、そう言ったわけじゃないかもしれないけど、そんなようなこと。
映画かぶれ野郎って、いろんな映画を見てあるジャンルにたどりついた、っていうのが多いのよ。でも、それ以外のジャンルのことはよくわからなくなってる。だから大丈夫、恐れずに自分が見たい映画に誘ってみなさい。それで、あなたも彼の趣味に真摯に付き合うの。もちろん、おともはポップコーンよ」
ハルカ「ポップコーン、どうしてそんなに押すんですか? アメリカ農務省の回し者なんですか?」
ママ「だって安いし、おいしいじゃない。人の趣味に付き合う時には、心を平静に保つことが大事よ。イライラしちゃダメなの。だから、空腹は満たさないとね。その趣味とやらがゴミみたいにつまらない時はなおさらよ」
ハルカ「まあ、一理あるけど……あとこのポップコーンが『うめウニ味』なのも気になるけど。そこはバター味にしようよ」
ママ「ねえ、せっかく新しい恋を始めたなら、あなたも新境地に立ってみたらどうかしら? 首くくりをする人の映画、私は案外好きよ」
ハルカ「ママ、知ってるんですか? なんかさっきもスプラッターとか言ってたし、けっこうマニアックなんですね」
ママ「ハルカちゃん。マニアック、マニアックっていうけど、学生映画でもなければ、それを見ている人は都内に少なくとも1000人はいる。そうなると、日本に10000人はいることになる。そうなれば、もうマニアックじゃないの、立派なメジャー級映画よ。それを否定することは、10000人が絶賛するまだ見ぬ楽しさの可能性を否定することになりかねないわ」
ハルカ「そっか……。今度の日曜日、彼に誘われてた映画、見に行ってみようかな」
ママ「そう、その調子よ。で、何を見に行くのかしら?」
ハルカ「確か、人がトイレをするシーンをひたすら観察する、みたいな映画だったかな」
ママ「そう……。幸運を祈ってるわ。」
――カランカラン。
こうして、今日もダメ男に悩む乙女をまたひとり、恋愛という戦場に送り込んだマリアンヌママ。次のお客さまは、あなたかも!? スナックマリアンヌでは、迷える乙女の悩みを聞く憩いの場として、いつでもご来店をお待ちしています。
撮影協力:コワーキングスナックCONTENTZ分室
執筆=マリアンヌ / 撮影=K.ナガハシ (c)Pouch
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