[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは3月3日(日本時間)に発表された第86回アカデミー賞で、作品賞と最優秀助演女優賞を受賞した『それでも夜は明ける』(3月7日公開)です。
作品賞を受賞して、この週末に日本公開だなんて、なんて素敵なタイミング! とてもめでたい映画ではあるのですが、作品そのものはアメリカの黒歴史と言っても過言ではない物語。奴隷として12年間耐え抜いた音楽家の実話を元にした映画です。
【物語】
舞台は1841年。バイオリニストのソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、家族とともに幸福に暮らしていました。ところが演奏会のあと、朝目覚めるとソロモンは鎖に繋がれ、ニューオリンズの奴隷市場に連れて行かれてしまいます。彼は演奏会の興行主に騙され売られてしまったのです。大農園主(ベネディクト・カンバーバッチ)の元でトラブルを起こしたソロモンは、綿花畑を持つ主人(マイケル・ファスベンダー)に売られます。この男は女性奴隷をサディスティックに弄び、男の奴隷に罵声と暴力をあびせて従わせる残忍な男で、ソロモンはここで地獄を見ることになるのです……。
【暴力による支配からは絶望しか生まれない】
この映画は実話であり、ソロモン・ノーサップの奴隷生活をつづった原作をもとに映画化されたアメリカの暗闇です。暴力で人を支配することは残酷で愚かな行為であると多くの人がわかっているはずなのに。現代にいたるまで暴力支配は世界中あちらこちらであり、ソロモンのように被害者が声高に訴えても消えることがないということに胸が痛くなります。
この映画でソロモンや奴隷たちへの仕打ちのひどいこと……。同じ人間ながら、なんでこんなに残酷なことできるのだろうと虚しくなりました。脱出したり、反発したりしたくても、あれだけ痛みつけられると人間絶望しちゃいますよ。自分だったら「もうどうでもいいや……」と思ってしまうかもしれないと記者は無力な気持ちに。ソロモンの忍耐力と家族に会いたい! その気持ちだけが暗闇のなかの一筋の光りになっているのです。
【ブラッド・ピットが映画化の鍵だった】
スティーヴ・マックィーン監督は、アメリカの奴隷制度を描きたいと思い、この原作を見つけて映画化を望んだそうです。しかし、題材が題材だけに困難を極めていたところ現れたのがスーパースターのブラッド・ピット。彼はマックィーン監督作にほれ込んでおり、この映画化の話に乗って、役者ではなくプロデューサーとして大活躍。チョイ役で出演もしていますが、ブラッドにとって出演は二の次だったでしょう。
アカデミー賞受賞式で『それでも夜は明ける』が作品賞を受賞したとき、檀上に上がっているブラッドを見て「なんでブラピ?」と一瞬「?」となった人もいるでしょうが、彼はこの映画の大貢献者なのですよ。
【スティーヴ・マックィーン監督が描く闇の世界】
アカデミー賞監督賞では『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン監督に破れたものの、マックィーン監督は本作がまだ長編映画3作目です。前作『SHAME -シェイム- 』も依存症の男を描いて絶賛されていますし、これからもっとすごい映画を作りそうな予感がします。
社会派の色もありつつ、描くのは人間の抱く闇。できれば見たくないと思う、あるいは見過ごしてきた暗黒を引きずり出してスクリーンにぶつけてくるマックィーン監督の実力は確か。たぶんいずれアカデミー賞監督賞を受賞するだろうな……とさえ思います。
『それでも夜は明ける』は、面白いかと聞かれると困る映画です。軽さは一切ありませんからね。ヘビィですよ、すごく。でも、人間の尊厳を奪う行為や暴力支配の恐ろしさを知るのは大切なことかと。ちなみにマックィーン監督は英国人であり、『それでも夜は明ける』は、英国人目線で見たアメリカの黒歴史になっているのも興味深いですね。
執筆=斎藤 香(c) Pouch
『それでも夜は明ける』
2014年3月7日公開
監督: スティーヴ・マックィーン
出演: キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、サラ・ポールソン、ブラッド・ピット、アルフレ・ウッダードほか
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