<朝の短編小説> 20代〜40代女子のリアルな日常をお届けします
———————Vol.2 リカコの場合(29才)
「もぉー、タクちゃん早く起きてよぉー。午後、お義母さん来ちゃうんだからねっ?」
まっっったくっ! また布団にカタツムリになってるよ、タクちゃん。
夫のタクヤは土曜日の朝、いつもこうだ。早く起きてくれないと、シーツの洗濯できないんですけどぉー。……平日帰り遅いもんね、これ、専業主婦のツラいところなのよねぇ。
ほんとはね、リィだって、自分の食いぶちぐらい自分で稼がなきゃ、と思ってはいるんだよ。家を買って引っ越してきて、新しい街をふたりで自転車で走って、たくさんお買い物した。素敵なとこだな、って思った。でもね、なんだかスマホの求人アプリに向かうと、ため息ばかり出ちゃう。
お義母さん、初孫欲しいんだろうなぁ。タクちゃんはいつも疲れてるのに、私のドレッサーの引き出しは、いただいたサプリや本でいっぱいだ。もしも、子どもができたときにすぐ産休取らせてくれて、また復帰できるような仕事、あるのかな。私、子ども、育てられるのかなぁ。
平日、タクちゃんが出てったあとのリビングは、やけに広く感じるんだ。ついつい、引きこもりになっちゃって。夕焼けが訪れて、部屋が少しずつ暗くなっていくとね、なんだか哀しい気持ちになっちゃうんだ。ふたりでいるのって、実はひとりよりもずっと孤独なのかもしれない。いつかタクちゃんに見捨てられるかもしれない、そしたらリィは、この世でひとりきりになっちゃう……なんてね。
こんなこと、タクちゃんには言えないから、明るく振る舞ってるんだけど。……あっ、こないだヨシミからLINE返ってきたの、嬉しかったなぁ。
◆
ため息をつきながら玄関を見に行くと、ビビッドなポストカードが投函されていた。小平のカフェからだ。かき氷のイラストの横に「ally」とサインされている。
オーナーのアリサさんの豪快な笑顔は、いつも私に元気をくれた。狭い店内には、写真集や画集がぎっしりと置かれていて。あの場所は、仕事の疲れを癒してくれてたんだ。
◆
「リィ、何見てんの? わっ、かわいい手紙来てんじゃん。」
ようやく、タクヤが起きてきた。玄関の壁に、ポストカードを一番目立つように貼る。今日は、お義母さんのアドバイス、減りますように……なんて、かき氷の絵に向かってこっそり手を合わせてみた。
「リィ、今日かき氷やらない? オレ、これからドンキ行って、かき氷機買ってくるから。あとはそうめんにしちゃおうよ。薬味刻むのと洗い物、オレやるからさ。」
タクヤは、こういう交渉がうまい。しかも、料理も私よりずっと手際がいいから、やれやれ、って笑ってしまう。
……そうか。ふたりでやっていけば、いいんだな。ゆっくり、これからどう暮らしていくか、たくさんたくさん話していけばいいんだな。タクちゃんと、リィの家なんだものね。
寝室からシーツとタオルケットを運んでくる。洗濯機には、洗剤とお気に入りの柔軟剤を。台所の棚には、ふたりで仕込んだ梅シロップと梅酒の瓶が並んでいるはず。
わわっ、きっとおいしいだろうなぁ。梅シロップをたっぷりかけた、フワフワのかき氷!
「あっ、タクちゃーん! リィ、梅酒も飲みたいから、ソーダも買ってきてねー!」
タクちゃんは、半ズボンにサンダルをつっかけて駆け出していった。
撮影・執筆=川澄萌野
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