ここは、恵比寿の外れに佇む雑居ビルの2階、スナックマリアンヌ。ダメそうでダメじゃないちょっとだけダメな男に悩む乙女が夜な夜な集う、憩いの場です。今宵も、マリアンヌママに話を聞いてもらおうと、お客さまがやってきたようです。
――カランカラン。
乙女「あの、バンドマンの彼の話を聞いてほしくって……」
ママ「音楽に、恋の悩みはつきものよね。さあ、そこへかけてちょうだい」
【今日のダメ男さん:夢を追いかけ早20年、自分でも自信を失いかけてるバンドマン男】
相談者:アユミ(25歳)
職業:出版社勤務
ダメ男さん:彼氏(36歳)
職業:バーの雇われ店長・バンドマン
交際期間:2年2か月
出会いのきっかけ:ライブハウス
アユミ「彼とはライブハウスで会って、それからすぐに付き合うようになって。彼、今でもプロを目指してるバンドマンなんです」
ママ「バーの雇われ店長……バンドマン……36歳ねえ……」
アユミ「やめたほうがいいですか?」
ママ「違うわ。知り合いのライブハウスに呼ばれたらライブに出て、後はほとんど働かないゴミみたいな男を知っているから、働いてるだけちゃんとしてるなって思ったのよ」
アユミ「でも、彼が最近、お店でお客さんとモメて……」
ママ「どうしてモメたの?」
アユミ「その、お客さんに自分のバンドの話をしたらしいんです。そうしたら、もう諦めた方がいいんじゃないかって言われたらしくて、それで……」
ママ「なるほどねえ。売れないバンドマンで、夢を追いかけ続けるケンカっ早い男……。今どきそんな、昭和歌謡に出てくるような男がいるのねえ。はい、塩ゆでえんどう豆よ」
アユミ「(もぐもぐ)……おいしい! ほくほくしてて、ちょうどいい塩加減で、すっごくお酒と合う! ママ、ビールもう1杯ください」
ママ「あら、けっこう飲むのね、嬉しいわ。アユミちゃん、えんどう豆とツタンカーメンのお話、知ってるかしら?」
アユミ「知らないです」
ママ「古代エジプトの王、ツタンカーメンの棺が発掘されたのが1922年のことなんだけどね、ミイラと一緒に発見された物のひとつに、このえんどう豆があったらしいのよ」
アユミ「ええっ!! このえんどう豆が!?」
ママ「厳密に言うと、今アユミちゃんが食べてるものとは種類が違うみたいなんだけど。それでね、その豆が3000年の時を超えて発芽したらしいのよ。まあ、これも本当か嘘かはわからないけどね……。でも、ちょっとロマンがある話よね」
アユミ「へえ〜、知らなかった! ママ、そういうの詳しいんですか?」
ママ「夢のある話は好きなのよ」
アユミ「へえ〜。すごい! で、何の話でしたっけ?」
ママ「そうそう……話がそれちゃったわね。つまり、夢があるのはいいことよ。そういうの、私は嫌いじゃないわ。でも、彼の場合は自分自身の才能を信じきれてないところが問題じゃないかしら。バーのお客さんに言われてカッとなったってことは……図星を突かれたのかもね。彼、本当はプロになる夢を自分でも見失いかけてるんじゃないかしら」
アユミ「そう! そうなんです! 私、彼が未だに夢を追いかけてることも、ケンカっ早いことも、仕事を辞めさせられそうになってることも、本当はそんなのどうだっていいんです。ただ、プロになる夢に縛られて生きてる彼が、なんだか辛そうで……」
ママ「なんだか、涙なしでは語れない話になってきたわね……。彼は今までバンドマンになる夢だけを追いかけて生きてきたから、自ら夢を諦めることはプライドが許せないのかもしれないけど、本当は誰かに言って欲しいのかもしれないわね……。プロになるだけが、人生じゃないってことを。ときにはそうやって現実を見せてあげることも、彼女としての役目だったりするものよ」
アユミ「そっか……」
ママ「ツタンカーメンの棺のように3000年なんて、私たちは待ってられないわ。今こそあなたが彼の秘めた才能が眠る棺を開けて、彼を目覚めさせてあげるべきなんじゃないかしら? なんて、簡単にアドバイスしたけど……夢を諦めさせるってとても辛いことよね。あなたにそれが、できるのかしら?」
アユミ「私……私……彼のために言います! ママ、ありがとう!」
ママ「ふふ。いってらっしゃい」
――カランカラン。
ママ「最後はちょっと厳しいこと言っちゃったかしら?でも、彼のこの先の運命は、アユミちゃんにかかっているようなもの。ここで、本当の愛かどうかが試されるわね……」
こうして、今日もダメ男に悩む乙女をまたひとり、恋愛という戦場に送り込んだマリアンヌママ。次のお客さまは、あなたかも!? スナックマリアンヌでは、迷える乙女の悩みを聞く憩いの場として、いつでもご来店をお待ちしています。
撮影協力:コワーキングスナックCONTENTZ分室
執筆=マリアンヌ (c)Pouch / 撮影=K.ナガハシ
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