【映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します】

今回ピックアップするのは、9月15日より公開する『天地明察』です。主演は岡田准一、宮崎あおいで、演出は『おくりびと』でアカデミー賞外国映画賞に輝いた滝田洋二郎監督。原作は本屋大賞第一位に輝いた冲方丁の同名小説です。

私たちが当たり前のように使っている暦。江戸時代に、この暦にズレが生じていると気づき、新たな暦づくりを任された安井算哲。800年前の唐の暦にズレがあるのはなぜだろう? それは経度差があったためだけれど、当時、それに気づく者はいなかったのです。暦の権利を握るという権力闘争もあり、朝廷は、算哲が人生をかけて何年も調査を繰り返して作り上げた暦を一蹴するのです。そして算哲は、これまでの暦の間違いを決定づけるため、日食に賭けるのですが……。

江戸時代の星好きな知的ロマンチストの算哲が、同じく天体観測により新たな暦を作り上げる。言葉にすると簡単ですが、映画を見ればわかります。これが途方もない作業なのです。それも江戸時代ですからね、天体観測をして、計算をして、また空を見て……の繰り返し。そうとう粘り強く丹念にやっていかなければならない。それも彼らは経度差に気付いてないわけですから、何度も何度も失敗をする。そんな算哲の心の支えが、やがて妻となる、えんという女性なのですね。

えんは、算哲が失敗を繰り返し、焦燥していく様を見守りながら支えます。出過ぎず、でもいつも側にいる。そんな彼女の絶妙の立ち位置が、二人のラブストーリーを控えめながら微笑ましいものにしています。二人の心が通い合っていくプロセスなど、純愛まっしぐらで、くすぐったいほどです。だからか、えんが算哲にけっこう積極的な発言をするシーンは「えんって意外と肉食?」と驚き、ちょっとドキドキしてしまいましたよ。

主演の二人以外にも、佐藤隆太、市川猿之助、笹野高史、岸部一徳、市川染五郎、松本幸四郎など実力派が揃いました。すべての登場人物の配置もよく、それぞれが自分の役割をしっかりこなして好演しています。なんていうか土台がしっかりした映画なのです。これは日本映画界でキャリアを積み上げてきた滝田監督のプロフェッショナルな巧さ。観客を楽しませる術にも長けており、なおかつ原作の持つメッセージもしっかり伝えています。やっぱり監督がしっかり演出していると、どんなに壮大なテーマの物語でも決してブレないし、揺るがない、安心感が違うのです。

滝田監督は原作を読んで「すぐに映画化したいと思った」と語っています。「夢を追い続け、自分を貫き通し、未知なる天を相手に真剣勝負を挑んだ男の生き方を絵にしてみたいと思った」と。正直、映画に映像の新しさとか斬新な演出などはありません。でも正攻法でじっくり描いた本作は、いつの時代に見ても色あせることなく「いい映画だったな」と感じさせてくれるはず。滝田監督が『おくりびと』でアカデミー賞を受賞した実力を大いに発揮した映画、それが『天地明察』なのです。

ちなみに記者は、後半の見せ場、日食のエピソードに大興奮でした。今年、日本中が金環日食に大騒ぎしたこともあり「江戸と繋がっている!」というような気持ちになりましたよ、すごいな、天体って!この映画を見た夜は、思わず空を見上げてしまう……そんな気持ちにさせてくれる映画なのです。

(映画ライター=斎藤 香


『天地明察』
9月15日公開
監督:滝田洋二郎
原作:冲方丁
出演:岡田准一、宮崎あおい、佐藤隆太、市川猿之助、笹野高史、岸部一徳、渡辺大、白井晃、横山裕、市川染五郎、笠原秀幸、染谷将太、きたろう、尾藤イサオ、徳井優、武藤敬司、中井貴一、松本幸四郎
(C)2012「天地明察」製作委員会