viewer

ちょっと高いけど自由度の高さでいえばタクシーという移動手段は史上最強。目的地を告げれば、黙っていても寝ていても、自動的に連れて行ってくれるのです。しかし、運転手さんが気さくに話しかけてきた時には、その話に耳を傾けてみるのも一つの楽しみ!

ということで今回は、運賃合計4000円程度の間に交わされた「タクシーの世界とはなんたるか?」と深く考えてしまう会話を再現したいと思います。

私はいつも、「最近のタクシー事情はどうですか?」と聞くことにしています。多くの場合、返ってくるのは「いやー、さっぱりです」という悲しいお話ばかりですが、この時は違いました。

運転手「タクシー業界が悲鳴をあげているとかニュースがあるじゃないですか。でもね、私は全然違いますよ。ちゃんと儲かっています。収入だって、普通のサラリーマンと同等、いや、もっと多いと思いますよ」。

たしかに、2002年に施行された「タクシー規制緩和」によって、タクシーの台数は増加する一方。逆に、不景気だからお客がつかない。そんな悪循環により、タクシー業界はヒィヒィしているとはよく聞きます。しかし……

運転手「こんなに車が増えちゃ食っていけない。お客がつかない。タクシー同士でお客を食い合ってる。これは政治のせいだ! ……なんて嘆いている人は、私から言わせてもらえれば単に “努力していない” んですよ」。

聞けば、このタクシー運転手さんの趣味は「釣り」であるといいます。そして、「タクシーと釣りはまったく同じ」との持論を展開し始めました。

タクシー「釣りって、釣れない時もあるでしょう。でもね、どこかに魚はいるんです。魚は泳いでいるんですよ。私は、その魚の動きに合わせるように、釣りするポイントを変えていきます。タクシーもそれと同じです」。

さらに氏は続けます。

運転手「魚がよく集る場所があったとする。時間帯にもよりますよね。でも、いつも同じ場所にいるはずがない。いたとしても、釣り人同士の取り合いになる。いつもそこにいるからって、そこに釣り糸を垂らしても、釣れるはずないんですよ」。

なんでもこのタクシー運転手さんは、もともと自分で起こした会社の社長さんだったといいます。しかし、人に騙されて会社は倒産。借金まみれになったそうで、50歳を過ぎてからタクシー業界に入ったのだとか。

運転手「私も最初は全然稼げませんでした。みんなと同じような場所でお客を待ち、みんなと同じようなコースを走っていました。でも、あるときからデータをとりはじめたんです。場所と時間と人の流れについて。我流ですが、研究し始めたんです」。

毎日毎日、研究データを元にタクシーを走らせ、海でいうところの「人間版の潮の流れ」を体で習得。そして「釣りに似てるな……。いや、釣りそのものじゃないか!」ということに気づいたといいます。

運転手「さっき、あの場所で、私はお客さんを拾いました。でもあれば偶然じゃない。“あの場所でタクシーを待つ人が、過去にも多くいた” というデータを元に、私は流していたんです。そして運良くお客さんが釣れたということです」

ちなみに、私を拾う直前にも、お客を乗せていたのだとか。客を乗せないで走る「無駄走り」を極力なくす門外不出のコースに沿って、お客さん2連チャンで乗せられる状態になっていたそうです。

運転手「今日は特に大漁です。無駄走りをすることがほとんどなかった。釣りで言うなら “入れ食い” でした。私はこの仕事が好きですよ。タクシーで釣りをして、休みの日にも釣りをする。最高の人生です(笑)」。

なお、事業の倒産による借金は、タクシーのコツがつかめるようになってから収入も増えに増えまくり、すでに完済できているとのこと。最後に運転手さんは、こうも言っていました。

運転手「タクシーで稼げない!なんて不平不満を言う人は、要するに何も考えないで走っているんです。アングリと口を開けながら走っていればお客が拾えると思っているんです。そして稼げないと、政治のせいだとか、誰かのせいにする。

そんな人たちはプロじゃないんです。タクシーの世界を甘く見ている。年齢なんて関係ない。この仕事に真面目に取り組んで、仕事のやり方を真剣に考えて走っているプロのドライバーは、ちゃんと稼げているんですよ。プロ意識をもってほしい」――と。

(写真、文=ハトポン