【オススメ★シネマ批評】
映画ライター斎藤香が、DVDで見た映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

アニメ界の名匠・高畑勲監督が2018年4月5日に享年82歳で永眠されました。1985年、宮崎駿監督と共にスタジオ・ジブリの設立に参加。スタジオ・ジブリの作品が日本のアニメ界を牽引し、世界で人気を博すようになったのは、高畑監督の尽力も大きいのです。

高畑監督はテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』や、劇場アニメ『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』など、素晴らしいアニメ作品を世に送りだしてきました。その高畑監督の遺作となったのが、「竹取物語」を映画化した『かぐや姫の物語』です。

この作品は高畑監督の14年ぶりの新作として、2013年11月23日に公開。第87回アカデミー賞の長編アニメーション賞にノミネートされました。アカデミー賞にノミネートといっても、ギラギラしたゴージャス映画ではありません。とても品よく美しく、しみじみと “日本”を感じる作風です。この作品を見ながら、高畑監督のアニメの魅力を探っていきたいと思います。

【物語】

竹取の翁(おきな:地井武男)は、竹林で光る竹から、小さな女の子を発見。翁と媼(おうな:宮本信子)は、大自然の中でノビノビと育てます。けれども翁は、竹から小判と着物がたくさん出てきたことから「これは、竹から生まれた女の子を立派な女性に育てなさいというお導きだ」と都に屋敷を建て、一家は山から引っ越します。

「かぐや姫」と命名された姫(朝倉あき)は美しく成長し、多くの殿方からのプロポーズを受けます。しかし、彼女は決して首を縦に振りません。やがて、かぐや姫の評判を聞いた御門(みかど:中村七之助)が宮中に招こうとするのですが……。

【かぐや姫の心の葛藤がすさまじい】

映画『かぐや姫の物語』は、新解釈ではなく、多くの人が知っている「竹取物語」から大きく逸脱はしていません。でも大人になって、映画化作品として改めて見ると、子供の頃には見えなかったものが見えてきます。

翁は小判や着物を手に入れたとき、「この宝物でこの子を幸せにするのだ」と考えます。けれども、その幸福は、高貴な殿方に見初められて嫁に行くことだと決めつけてしまいます。そういう時代だったのですが、かぐや姫の表情は徐々に曇っていきます。なぜなら、かぐや姫は、野山を走りまわる活発な少女だったからです。

【かぐや姫を苦悩させる “幸福” 】

かぐや姫は、幼い頃から成長が早かったので友達から「竹の子」と呼ばれ、仲間のひとり、捨丸(高良健吾)とは特に仲良し。捨丸とは、淡い初恋らしきものも芽生えます。彼女はそのとき、すでに幸福で、竹の子のままでいたかったのです。

かぐや姫は都に移り住み、高貴な殿方に次々と求婚されますが、まったくその気がないので、彼らに「結婚の条件」として無理難題を押し付けて結婚を回避しようとします。

そして彼女はどんどん引きこもり、暗くなり、悪夢を見るほどに。けれども、翁が姫の結婚に必死なのは、彼女の幸福を願っているだけ。かぐや姫もそれをわかっているので、余計辛いんですよね。

見ているこちらも苦しく、まさかヒロインに、こんなに葛藤がある物語だとは思いもしなかったです。

【最新技術で映し出される水墨画のようなアニメ】

高畑監督がとても時間をかけて構想&製作するタイプなのは有名。『かぐや姫の物語』には8年を費やしていますが、最高クオリティの作品に仕上げたのはさすが天才です。描線の筆書きのようなタッチや上品な淡い色彩は、水墨画のようにも見えて「こんなアニメがあるのか!」と驚きました。

高畑監督は背景とキャラクターが一体化して、一枚の絵が動くようなアニメーションを目指したそうですが、それを叶えるために新しいスタジオを作ったほど力を入れたそうです。もう、ハンパない完璧主義者ですね!

宮崎駿監督の作品は、そのメッセージ性がガツンと全面に押し出される傾向を感じますが、高畑監督の作品は「アニメーションはどこまで進化できるか」と、技術的に新たな地平を切り開くことに燃える監督のように、私は思えました。

【アルプスの少女ハイジに似ている?】

高畑監督の代表作として挙げられるものに『アルプスの少女ハイジ』がありますが、『かぐや姫の物語』には、ハイジっぽいと感じる箇所があります。というか、かぐや姫は、ハイジとクララをミックスさせたような存在かと。

山でノビノビ暮らしていたハイジが、都会での生活を余儀なくされる展開も似ていますし、かぐや姫のたたずまいは、山編ではハイジ、都編ではクララを思わせる感じです。特に、窮屈な生活にウンザリしている様子はクララかなと。そして、ロッテンマイヤーさんは教育係の相模(高畑淳子)、ピーターは捨丸でしょうか。そんな風に、この作品を見ていくのも楽しいです。

高畑監督と宮崎監督は「いつか日本を舞台にハイジを作りたい」と語り合っていたそうですが、それは『かぐや姫の物語』かもしれません。

高畑アニメの新作がもう見られないのは残念ですが、本作を見た後に、さかのぼって見ていくのも楽しいと思いますよ。

参照:かぐや姫の物語スタジオジブリ
執筆=斎藤 香 (c)Pouch

『かぐや姫の物語』
原案・脚本・監督:高畑勲
声の出演:朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子、高畑淳子、田畑智子、立川志の輔、上川隆也、伊集院光、宇崎竜童、古城環、中村七之助、橋爪功、朝丘雪路、仲代達矢
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