【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、映画『イニシェリン島の精霊』(2023年1月26日公開)。なんと、第95回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞など主要8部門9ノミネートされているんです! これがもう超面白くてアカデミー賞で多くの部門で候補に選ばれたのも納得。
では、物語から行ってみましょう。
【物語】
時は1920年代。本土では内戦が起こっているけれど、アイルランドの北部に位置するイニシェリン島に火の粉が飛んでくる気配はありません。
この島で暮らすパードリック(コリン・ファレルさん)は、親友のコルム(ブレンダン・グリーソンさん)と飲みに行くことを日々の楽しみにしていました。ところがある日、コルムから「お前とは絶交だ」と言われてしまいます。
理由がわからないパードリックは悩み、なんとか元サヤに戻ろうとします。
しかし、しつこいパードリックにコルムは怒り「今度、声をかけたら、俺は自分の指を切り落としてお前に家に投げ込むぞ!」と衝撃の脅しをかけてくるのですが……。
【絶交の理由は“つまらないから”?】
この映画は超ブラックコメディ。その笑いの発端は全てコリン・ファレルが演じる主人公のパードリックです。
突然、親友から絶交されて呆然とするシーンから始まるのですが、その理由は単純で「つまらない男だから」。一緒に飲んでいるとき、パードリックは何時間もロバの粗相の話をしており、そんな男ともう一緒にいたくないというわけです。
というのは、コルムはシニア世代。パードリックと年齢が離れており、残りの人生、この男のくだらない話に時間を取られたくないというわけ。“自分の人生を好きに生きたい” と思ったのではないでしょうか。
ところが、絶交の理由を聞いても意味がわからないパードリック。「なんで? なんで?」と頭の中は「ハテナ」がいっぱいになってしまうんです。
【善人だけど話が通じない人】
物語は、コルムに絶交されてからのパードリックのコルムに対する言動、妹のシボーン(ケリー・コンドンさん)との生活、隣人の風変わりな青年ドミニク(バリー・コーガンさん)との交流が描かれます。
しかし私は、パードリックを知れば知るほどコラムの気持ちがわからなくないな、と思うようになりました。
パードリックは人を傷つけたりしない善人だけど話が通じないんです。結局、自分のことしか考えていないのではないかと。
だからロバの粗相の話にコルムがうんざりしていると言っているのに「なんで?」という顔をしているし、「ロバを部屋に入れると汚れるからやめて」と妹が何度注意しても部屋に入れてしまう。
ピュアでヤンチャで子どもみたいな男なんです。
たしかにコルムもキツく言い過ぎだし、彼も変人だと思いましたよ。でもヴァイオリン弾きで作曲に夢中という文化的な生活を好む人で頭は悪くない。だからこそ、パードリックと一緒にいるのが耐えられなくなったのでは。
何しろここは島民みんな知り合いなので逃げ場がない。絶交という強引な方法しか策がなかったのではないでしょうか。
【狂気的に暴走する絶交】
縁を切りたいコルムと縁を切りたくないパードリックの関係は暴走していき「もう声をかけるな」のひと言が、周りを巻き込んで大きな事態になってしまいます。この先はぜひ映画を観ていただきたい。
また二人の争いが大きくなっていく様子が、アイルランド本土での内戦と重なり合うような印象も……。
【コリン・ファレル最高!】
第95回アカデミー賞では、
・作品賞、監督賞&脚本賞…マーティン・マクドナーさん
・主演男優賞…コリン・ファレルさん
・助演男優賞…ブレンダン・グリーソンさん、バリー・コーガンさん
・助演女優賞…ケリー・コンドンさん
などが候補に上がっています。特にコリン・ファレルさんは、八の字眉毛の困り顔がこの役でいい味わいをだしています。パードリックをユーモアと狂気の狭間で演じ切っており、主演男優賞にノミネートされたのも納得です!
ちなみにマクドナー監督は、「この映画を観た観客が、絶交宣言をするコルムの辛辣なセリフを受け止めるか、絶交に心が破れるパードリックに共鳴するか、とても興味がある」と語っています。
私はコルム、そして妹のシボーンに共感したけど、観る人によって違うと思うのでぜひ映画館で。観たあとにいろいろと語りたくなる映画ですよ。
執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo:©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
『イニシェリン島の精霊』(2023年1月27日より全国ロードショー)
監督・脚本:マーティン・マクドナー「スリー・ビルボード」
出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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