【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

ピックアップするのは、吉田修一の同名小説の映画化作品『愛に乱暴』(2024年8月30日公開)。主演は江口のりこさん、共演は小泉孝太郎さん、風吹ジュンさん、馬場ふみかさん。江口さん演じるヒロインの気持ちに寄り添い過ぎて胸が痛くなるような力作でした!

では、物語から。

【物語】

初瀬桃子(江口のりこさん)は、夫の真守(小泉孝太郎さん)と彼の実家の敷地内の家に住んでいます。

お姑さん(風吹ジュンさん)とは付かず離れずのお付き合いをしつつ、家事も完璧な主婦です。でも彼女には悩みがありました。それは夫の真守が自分に無関心、かつ、浮気をしているようなのです。

それに気づいたときから彼女の居場所は失われていき……。

【一生懸命に幸福を維持するヒロインのけなげさ】

最初から最後までヒロインの桃子さんに惹きつけられる映画でした。まず冒頭、ゴミ出しをする桃子はお姑さんの家のゴミも出したりして、さりげなく気を遣っています。

でも夫の真守は無気力で、桃子が話しかけてもテキトーに「うん」とか言うくらい。料理をがんばっても反応がないから張り合いがないし、夫婦の会話がないから桃子はつまんないだろうな、と思う。

そんな風に最初の10分くらいで、桃子が置かれている状況がわかるのです。

それでも桃子は丁寧に料理をしたり、可愛い食器を集めたり、部屋を綺麗に整えたりして、なんとか幸福を維持していて、けなげなんですよ〜。

【桃子は何も悪くないのに不幸になっていく悲しみ】

私生活はモヤモヤしている桃子ですが、実は結婚前に働いていた会社の関連で「手作り石鹸教室」を開催しており、これが好評。かつての上司に新たな企画案を提出し、やりがいを感じ始めていたんです。

ところが、真守の浮気が見えてくると、桃子の人生が荒れ始めます。

夫の浮気が決定的になり、張り切っていた石鹸教室でも上の空。苦しくて実家に助けを求めても冷たくあしらわれ、彼女は自分の居場所を失って行くのです。

桃子は何一つ悪いことなどしていないのに、ひどすぎる! そんな桃子のどん底を救うのが江口のりこさんのユーモア。

桃子が浮気にショックを受けたり、傷ついたりする気持ちはリアルに伝わってくるのですが、江口さんのどこか飄々とした雰囲気がしんどさを緩和してくれるのです。

【後半に炸裂する江口のりこならではの演技】

いちばんすごかったのは、いろいろあってモヤモヤしている桃子が、初瀬家の床下の秘密が気になってチェーンソーを出して畳を割いて床下にもぐるシーン。

びっくりする真守とお姑さんに「やめてください、私を変人扱いするのはっ!」とか言うの、悲しさと可笑しさが混じり合ってすごい迫力だった〜。

加えて、夫の浮気相手に会いに行くときは大きなスイカを丸ごと抱えていくんですよ。あれも強烈だったなあ。とても悲しくしんどい状況なのに、どこかフッと可笑しみが漂う……これが絶妙! 江口さん、本当に素晴らしかったです。

【冷たい夫役でイメチェン?】

ちなみに夫の真守を演じた小泉孝太郎さんは、自身の好感度を爆下げするような冷たい夫を演じて、俳優としての底力を見せています。

役名をチェックせずに試写を見たので、「小泉さんどこに出ているんだろう」と探しちゃいましたよ。それほどご自身を消していて、真守が小泉さんだと気づいたときは驚きました。

ほかの役者陣もみんな良かったし、キャスティングもバッチリ!

おそらく女性は桃子の気持ちに寄り添うと思うのですが、男性が見たら意外と真守の気持ちが理解できたりして……。ヒロインがしんどく切ない思いもするけど意外と後味はスッキリ。映像も綺麗なので、ぜひスクリーンで観てくださいね!

執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo:©2013 吉田修一/新潮社 ©2024 「愛に乱暴」製作委員会

『愛に乱暴』
2024年8月30日より全国ロードショー
監督:森ガキ侑大
原作:吉田修一『愛に乱暴』(新潮文庫刊)
出演:江口のりこ、小泉孝太郎、馬場ふみか、水間ロン、青木柚、斉藤陽一郎/風吹ジュン