[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは韓国映画『レッド・ファミリー』(10月4日公開)です。ケンカばかりしていて騒々しい家族の隣には、上品で仲睦まじい家族が住んでいました。しかし、仲良し家族が実は……。
本作は、謎とちょっぴりの笑いのあとに強烈な問題が浮かび上がる一筋縄ではいかない映画です。なぜなら、この映画のベースには南北問題が横たわっているから。ふたつの家族が南北問題にどうからんでいくのか、彼らはどう思っているのか……『レッド・ファミリー』は、物語を通して彼らの叫びが聞こえてくる作品です。
【物語】
だれもが理想の家族と思う仲よしファミリーと、ケンカしてばかりしているダメ一家はお隣さん同士。ダメ一家の息子チャンス(オ・ジェム)は、不良に囲まれていたとき隣の娘オ・ミンジ(パク・ソヨン)に助けられます。チャンスとミンジは仲よくなりますが、不良たちを一網打尽にした強いミンジには秘密がありました。一見フツーの女子高生に見えるミンジですが、実は彼女と家族は訓練を受けた北朝鮮のスパイだったのです。
ミンジのボスは、おしとやかで優しいと思われていた仲よしファミリーの妻(キム・ユミ)。実は彼女、スパイチーム班長ペク・スンヘで、仲よしファミリーは偽りの姿。彼らは韓国でスパイ行為をするために、偽家族を演じていたのです!
【正反対の家族による南北問題】
最初はコメディかと思って見ていたのですが、徐々にこの映画が抱えるメッセージの強さがビシビシ突き刺さってきて驚きました。ケンカばかりしている韓国人家族と対照的に穏やかで上品な隣の家族。が、家の扉が閉まった途端……やさしい奥さんが班長のベクに豹変し、ニセ家族たちのミスを罵倒するのです!
北朝鮮のスパイである彼らには脱北者を暗殺する指令が出されますが、彼らもやはり人間。どんなに非情な指令でも従うのには理由があり、それは従わないと家族の命が危ないからなのです。抗えない運命、国に握られた家族の命、任務を怠ると監視者にすぐに知られてしまい家族に危機が……。彼らは逃げられないのです。これは本当に辛い!
この映画の監督は韓国気鋭の新人監督イ・ジュヒョンですが、製作総指揮と脚本はキム・ギドク。どうりで情け容赦ないと思いましたよ。人間の暗部をとことん突き詰めていくギドクの世界をジュヒョン監督のフィルターを通して描いた世界なのですね。
【ギドク作品には珍しい感度作?】
ジュヒョン監督は「この映画は玉ねぎみたいな映画だ」と語っています。
「個人の純粋な本音は、いくつかの理念と観念によって幾重にも包まれているのです。守るべき人と家族、対立する理念、融合できない二つの思想の間で矛盾と葛藤を常に経験しているのです」
確かに毎日ケンカして大騒ぎの韓国一家は「こんな家族イヤ」と思ってはいるけれど、北朝鮮のニセ家族の抱える事情に比べれば幸福なもの。北朝鮮のスパイたちは、彼らのケンカを見ながら自身の家族を思い出し、国に従っても決して状況が好転しないことに嘆き、自分たちがしていることは正しいのかと疑問を持ち始めます。この脚本についてギドクは
「このシナリオを書くとき、家族とは何かという事を考えました。この映画では韓国と北朝鮮の家族が描かれていますが、どちらが正しい家族ということではなく、本当の家族とはなんだろうと質問を投げかけたかったのです。僕の監督する映画は変わった題材の物が多いのですが『レッド・ファミリー』は温かくて感動的な映画です」
と語っています。
確かにギドク監督作よりわかりやすいので、感情入しやすいと言えます。特に北朝鮮のニセ家族の過酷な立場を思うと自分にこのようなことが起こったらとゾっとしつつ、従わざるを得ない気持ちもわからなくない。だって家族を人質に取られているようなものですから。
だから隣の韓国一家を見て、家族が一緒に暮らすことやケンカできることがうらやましくなるのでしょう。「こんな思いはもうイヤだ」と、この映画に登場する人達はきっと南北統一を願っているはず。そしてその感情はジュヒョン監督やギドクの気持ちと重なり合っているのかもしれません。
北と南、それぞれの家族はぶつかりあうこともありますが、その騒動を経て、北朝鮮のスパイ班長のベクらは人間らしさを取り戻していきます。でもそこで終わず、不幸の引き金を引くことになるのだから、本当に一筋縄ではいかないキム・ギドク脚本! 最後の最後まで目が離せない映画であることは間違いありません!
執筆=斉藤 香 (c) Pouch
『レッド・ファミリー』
2014年10月4日より、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
監督:イ・ジュヒョン
出演:キム・ユミ、チョン・ウ、ソン・ビョンホ、パク・ソヨンほか
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