【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは『イエスタデイ』(2019年10月11日公開)です。2008年『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー賞作品賞、監督賞ほか8部門を受賞した英国の実力派ダニー・ボイル監督の最新作。なんとビートルズがいない世界へ飛び込んだ主人公が、サクセスしていくという奇想天外な作品です。

【物語】

イギリスの小さな海辺の街で暮らすシンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は、なかなか芽が出ず音楽の道を諦めかけていました。そんなとき世界規模の大停電が発生!

真っ暗闇の中、交通事故にあったジャックでしたが、昏睡状態から脱し、やっと仲間の前でギターを持って歌えるように。さっそくビートルズの「イエスタデイ」を歌ってみると「すごいよジャック」!「名曲じゃないか!」と、仲間は大絶賛。「は?ビートルズの曲だぜ」と言っても、周囲は「???」。ここからジャックの人生は変わっていくのです。

【ビートルズがただのカブトムシになってしまった世界?】

読者の皆さん、ビートルズというバンドは知っていますよね。この映画のタイトルの「イエスタデイ」を始め、楽曲の数々を絶対に聞いたことがあるはず。ビートルズはあらゆるミュージシャンに影響を与えた存在であり、ロック&ポップス界の「神」バンドなのです。この映画の主人公ジャックもビートルズに影響を受けたミュージシャン。でもビートルズが存在しない世の中に入り込んでしまったのです。

「ビートルズ」で検索してもPC画面に出てくるのはカブトムシの画像だけという世界だけど、楽曲の素晴らしさは、いつでもどこでも伝わるもの。ジャックはライブでビートルズの曲を歌い、盛り上がったことに気をよくして、ついつい自分の書いた曲ではなくビートルズの曲ばかり歌ってしまいます。その気持ちはわかるものの、「ビートルズの曲を自分の曲と偽って人気者になって気持ちいいの?」という違和感も……。当然、ジャックも同じ思いを抱きます。

【ビートルズの偉大さがわかるだけに辛い主人公】

自分の作った曲は全然ウケないのに、ビートルズの曲を歌って人気者になったジャックに葛藤が生まれるのは当然だと思います。メジャーデビューできたのも、憧れのエド・シーラン(本人出演!)に気に入られ、前座を任されたのもすべてビートルズのおかげですから。人気者になっていくにしたがってビートルズの偉大さを改めて思い、同時に自分の小ささを噛みしめるジャック。確かにこれはしんどい……。

【エリーとジャックのもどかしい恋の行方】

でもそんな彼を救ったのはマネージャーのエリーです。ジャックが売れない頃からマネージャーとして彼を支えてきたエリー。親友だけど恋人じゃない……と思っていたのはジャックだけで、エリーがずっと彼を支えてきたのはちゃんと彼への思いがあったから。

「まったく男って鈍感なんだから!」と思いつつ、後半、ジャックとエリーの距離が縮まっていく感じは、大人の二人なのにティーンの初恋みたいで可愛い。エリーを演じるのはディズニー映画『シンデレラ』のシンデレラ役でスター女優になったリリー・ジェームズ。二人の恋の行方も見逃せません!

【ビートルズの名曲が作品の感動を盛り上げる……のですが】

この映画の本当の主役はビートルズかもしれません。その存在を知る人がひとりしかいない世界でも、その楽曲の数々が人々を熱狂させるのですから。タイトルの「イエスタデイ」のほか「イン・マイ・ライフ」「愛こそはすべて」「ヘイ・ジュード」「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」などジャックが歌い上げるシーンはもう大興奮!

なのですが……。

(※以下ネタバレになってしまうので、映画未見の方は要注意!)

忘れられてしまったビートルズの存在が現実に戻って来ることなく、ハッピーエンドで終わってしまったんですよね……。誰かが仕掛けた壮大なトリックでもなく、最後までファンタジーを貫き通したということなのですが、一番残念だったのは、ビートルズにどっぷりつかったジャックに成長が見られなかったことです。ビートルズの曲と深くかかわることで何かを得たとか、曲作りに変化が訪れたとか、そういう変化がなく、周りの状況が変わるだけ。正直「それでいいの?」とモヤモヤしてしまいました。

1969年に解散したビートルズが、21世紀の今でも話題に上がり、その楽曲の数々が歌い継がれて、こうやって映画にもなっているだなんて、やっぱりビートルズはスゴイです。だからこそ、モヤっとした着地がもったいないなあと思っちゃいました。ちなみにエド・シーラン、チラっと出るくらいかと思ったら、思ったより登場シーンが多いし、とてもチャーミングなのでエドファンは必見ですよ。

執筆:斎藤 香 (C)Pouch

イエスタデイ
(2019年10月11日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー)
監督:ダニー・ボイル
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ケイト・マッキノン、ジョエル・フライ
ロッキー、エド・シーラン、ジェームズ・コーデン、ロバート・カーライル