【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは長澤まさみ主演映画『MOTHER マザー』です。実際におきた「17歳の少年による祖父母殺害事件」をベースに『日日是好日』などの大森立嗣監督が、母親と息子の共依存の関係と犯罪に至るまでの日々をじっくり描きます。

長澤まさみは、日本映画史上に残る「毒母」を演じ、その姿は全編にわたって凄みを感じるほど! 最初から最後まで気の抜けない緊張感溢れる映画です。では物語から。

【物語】

シングルマザーの秋子(長澤まさみ)は息子の周平(郡司翔)と実家を訪れては金の無心を繰り返し、ついに愛想をつかされてしまいます。

そんな中、彼女はホストの遼(阿部サダヲ)と知り合い、周平を家に置いたまま、二人で何週間も出かけるなどやりたい放題。電気代を払っていないため電気も消され、食べるものも尽き、飢えと孤独と闘う周平。

しばらくすると母が遼と帰宅します。金に困った二人は、秋子に気がある市役所職員の宇治田(猿川皆時)からお金を巻き上げようとしますが、遼が誤って殺してしまい、周平も巻き込んで逃亡することに……。

【ヒロインの秋子に対して怒りが沸く!】

とても見応えのある作品で、おそらく2020年の日本映画のトップ3に入る力作だと思います。でも観ている間、最後まで、あまりに愚かで自堕落な母親の秋子に怒り心頭でした。

「舐めるように育ててきた」と秋子が語る周平。学校にも通わせず「まともじゃない。ネグレクトだ!」と誰もが思いますが、なぜか母と息子の間には強い強い絆が存在していました。だから周平は母に言われるまま、凶行に及んだのです。

【毒母から離れられない息子】

秋子はほとんど働かず、お金はすべて息子に「親戚から借りてこい」「働いて稼いで来い」と命令してきました。秋子は完全に社会不適合者であり、毒母です。

でも「お母さんが言うことは絶対」だと周平は信じていました。幼い頃からそういう生活をしていた彼にとって、それが残酷で理不尽なことでも、違う生き方という選択肢はなかった……というか知らなかったのです。

「子供の幸せを願うのが親」ですが、秋子は「自分の幸せのために子供を使う親」だったのだと思います。

【周平の自立への道を叩き潰す秋子】

でも、16歳になった周平(奥平大兼)が一度だけ、秋子に対して反抗したことがありました。

あることがきっかけで学びの意欲をえた周平。やっと芽生えた自立への道! しかし、秋子から罵詈雑言を浴びた周平は、心が折れて諦めてしまうのです。「ああ、もうちょっと周平が踏ん張っていたら」「秋子が周平を捨ててくれたら」。

このシーンでは、見ているこっちの方が絶望的な気持ちになりました……。

【長澤まさみが映画を支配していた!】

秋子というモンスター級の毒母を演じた長澤まさみは本当に凄かったです。「あんたは私の分身」と周平のすべてを支配してきた秋子は、何を考えているのかわからない女なのですが、その最悪な生き様をものすごい熱量で演じていました。まさに周平だけでなく映画全体を支配していたような気がします。

また16歳以降の周平を演じた奥平大兼くんは本作が俳優デビュー作。周平には幼い妹がいるのですが、妹をかいがいしく世話する姿に周平の優しさがにじみ出ていました。だからこそ最後の凶行シーンは胸がめちゃくちゃ痛くなるという……。

秋子という女の生き方、母と息子の関係性など、いろいろ考えさせられることも多い映画『MOTHER マザー』。正直かなりヘビーな映画ですが、たまにはこんな風に重い余韻を残す映画を観て「生き方」や「親子関係」について考えるのもいいのではないでしょうか。

執筆:斎藤 香(c)Pouch

MOTHER マザー
(2020年7月3日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー)
監督:大森立嗣
脚本:大森立嗣、港岳彦
出演:長澤まさみ、奥平大兼、夏帆、皆川猿時、仲野太賀、土村芳、荒巻全紀、大西信満、 木野花、阿部サダヲ
ⓒ2020「MOTHER」製作委員会