【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、磯村勇斗主演映画『若き見知らぬ者たち』(2024年10月11日公開)です。一家を養うためにヤングケアラーとなって働く青年が主人公の人間ドラマ。
試写で観ましたが、もう世知辛い世の中の縮図のような作品で、ドーンと心に響きましたよ。
では、物語から。
【物語】
昼間は工事現場で働き、夜は両親がやっていたカラオケバーで働く彩人(磯村勇斗さん)。亡き父の借金を返しつつ、難病を患う母の介護をしていて、自分の時間がまったくない日々を送っています。
弟・壮平(福山翔大さん)は、同じく父の借金返済のためのバイトをしながら、総合格闘技の選手として人生を懸けています。ある日、彩人が強引に職質を受けていた青年を助けたことから、警官(滝藤賢一さん)に目をつけられてしまい……。
【世の中の理不尽を煮詰めた物語】
とにかくハードな映画『若き見知らぬ者たち』は、世の中の理不尽を煮詰めたような物語。物語の前半は兄の彩人が中心、後半は弟の壮平が中心の物語になっていますが、彩人の人生が壮絶すぎて、私の脳裏には彩人に起こった出来事ばかりが残っています。
脳の難病を患う彩人たちの母は、認知機能や行動に障害を発症しており、思考も発語もままなりません。勝手に外出してスーパーで万引きして捕まったり、料理をしようとしても、いろいろなものを下に落としてしまうので床はぐちゃぐちゃ。部屋は荒れ放題です。
日々大変な彩人を支えるのが看護師で恋人の日向(岸井ゆきのさん)。彼女は彼のお母さんへの対応も慣れており、よく家に来て手伝っていることが伝わってきます。「愛と信頼で結ばれた恋人同士なんだな」と、ホッとするものの、若い恋人同士のキャッキャした雰囲気は皆無。少しぐらい浮かれたっていいのに、思い切り笑ったっていいのに……。
お母さんの介護について、外部の人間に助けを求めることはできないのだろうかと考えてしまいました。
【弟・壮平の人生に少しだけ光が見える理由】
彩人は職質を受けていた青年を助けたことがきっかけで、逆に警察官の逆鱗に触れてしまったり、親が経営していたカラオケバーで半グレ軍団に絡まれたり、ずっと負の連鎖が続いている人生。
映画を観ながら「逃げちゃえばいいのに」と何度も思いました。でもそれができないのが彩人なんですよね。
いっぽう、壮平は働きながら総合格闘技のトレーニングに打ち込む日々です。壮平は警察官だった父親から、格闘技の才能を認められていました。今の彼はタイトルを獲得することが最優先。
母親のことはほぼ兄がやっているので、あまり家族のほうを向いている感じはしません。でもそれは彩人も望んでいることであり、自分にできなかったことを弟に託していたんですね。壮平もそれに応えるために頑張っているのです。
壮平の人生は目標を持って歩んでいく人生なので、その視線の先に小さな光が見えるんです。でも彩人の視線は目の前の真っ暗な現実だけ。そこに兄弟の明暗があると思いました。
【超力作だけどヘビー級なので、覚悟して観てください】
本作は、内山拓也監督の商業長編映画監督デビュー作です。自主映画として制作された長編映画『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)が高評価を受けた内山監督。本作はご自身の知り合いの体験がきっかけとなったそうです。
世の中には理不尽なことがたくさんあり、闘う人もいれば諦める人などさまざまですが、声を上げないと多くの人に知ってもらえないのはたしかです。
この映画はフィクションとはいえ、彩人のようなヤングケアラーは現実にもいるし、助けを求めたほうがいい状況でも、どうしたらいいのかわからない、途方にくれることもあると思います。そんな人たちの声が詰まった映画なのかなと思いました。
多くの人に届いてほしいと思いつつも、正直、観ているほうもしんどい思いを抱えてしまうので、心身ともに元気なときに観てください!
執筆:斎藤 香(c)Pouch
Photo:©2024 The Young Strangers Film Partners
『若き見知らぬ者たち』
10月11日(金) 新宿ピカデリーほか全国公開
原案・脚本・監督:内山拓也
出演;磯村勇斗 岸井ゆきの 福山翔大 染谷将太
伊島空 長井短 東龍之介 松田航輝 尾上寛之 カトウシンスケ ファビオ・ハラダ 大鷹明良
滝藤賢一 / 豊原功補 霧島れいか
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