先日、「バウアー活字鋳造所がリリースしたフォントの歴史ポスターが素敵」という記事の中で「Bodoniフォントはフランス料理には使わない」という話を掲載したところ、デザイナーさんたちから猛抗議が! 世界最大のフォントベンダーのフォントデザイナーさん、という本職中の本職の方にまでご指摘をいただいてしまい(本当にありがとうございます)、編集長以下全員が震え上がってしまった次第。うーん、デザインの素人がうかつに手を出すにはちょっと奥深すぎるのかしら……。
文字のデザイン、あるいはデザインされた文字である、「フォント」。そのフォントについて、「作られた国の雰囲気があるから、ほかの国を表すものには使うべきではない」という言い方がある、というのが今回のお話の出発点。
もちろんフォントのプロではない当編集部、その言い方に「えー、知らなかった! すごい!」と思ってしまったのはまぎれもない事実(インハウスデザイナーを持たない編集部の悲しさです)。そして、それを素直に掲載したところ、「そんなわけがあるか!」と多数のお叱りをいただいた、という次第です。
うーん、ご指摘をいただいてよく考えたら……スイスの旧国名から名前が付けられた、同国生まれのフォント「ヘルベチカ」は世界でもっともよく見かけるフォントのひとつ。どこでも使われてるうえに、マッキントッシュには標準でインストールされてる。スイスじゃなきゃ使っちゃダメ! とかには、もちろんならないわけです。知り合いのデザインディレクターさんに聞いたところ、「フォントの由来を気にする人もいるみたいだけど僕は変だと思う」とのことでした。
ネットで調べるかぎり、「日本人は気にしないけど、海外ではフォントの歴史に気を使うのが常識」といった言い方が多いことが気になります。では、海外では一般的なのでしょうか? Bodoniフォントを例にとり、いくつかの検索語を使いながら、そうした議論が英語あるいはフランス語でなされているか調べてみました。
(検索語の例)
・bodoni “should not be used for” / “ne doit pas etre utilise”
・bodoni “doesn’t go with” / “ne marche pas” francais
結果、「『Bodoni』のボールドは小さいサイズで使うと見づらいからダメ」などの言い方は見つかっても、フランス料理にそぐわないという話を見つけることは最後までできませんでした。検索語を変えつつ調べて出てこないのであれば、少なくとも英語圏・フランス語圏において「常識である」ということにはならないようです。
ではいったい、この「歴史を考えてフォントを選べ」説はどこから来たのでしょう?
調べていくうちに、ひとつの記事(日本語)につきあたりました。ある英文履歴書の書き方をレクチャーするWebページ、そのキャッシュに以下のような記述があったのです(現在は当該部分は削除されている模様)。
【以下引用】
例えば、Garamondはフランス、Universeはオランダ、Bodoniはイタリアで生まれた活字が基になっています。欧米のタイポグラファー(活字のプロ)はこれらのフォントを、その基となった活字が生まれた歴史や文化に合わせて、「フランス料理のメニューにBodoniは使わない」「オランダ風にしたいものにはUniverseを使う」といった使い方をします。このため、一般の欧米人の間には、「このフォントは英国を表す」「これはフランス風のフォント」のような、漠然とした共通認識が存在します。
これは2004年に書かれたもののようで、すでに8年前のものであるうえに削除されていることから、今となってはこれはどのような意図や背景で書かれたものであるかなどの詳細を知ることはできません。ただ、この記事を引用したブログ記事が多数あり、多くの方が衝撃を受けたことは事実であるようです。だってこの記事、「ヘンなフォントを選ぶと履歴書ハネられるよ!」という話なんですもの。「知らないところで恥ずかしいミスしている」という恐怖! これはイヤですよね。
断言調のわりに「Univers」を「Universe」と間違えたままオランダ製としている(正しくはフランス生まれ)あたり、ちょっと疑問符がつくのですが、人間だれしも断言されてしまうと信じこんでしまう、ということはあるものです。実際、この話を記事に掲載するにあたって、Pouch編集部では「本当! 知らなかった! フォント好きなのにまだまだ浅いなあ」なんて声が上がっていました。
ただし。そういった観点とはまったく別に、自身のデザインワークの中に「フォントの歴史を考えて、用途に応じて変える」という主義を取り入れているデザイナーさんもいらっしゃるようです。そういう場合、「海外では常識」ではなく「個人のこだわり」としてフォントの使い方を決定されているのであり、日本人らしい美しいこだわりだと言うことができるでしょう。
それでは、結論!
・フォントは生まれた国のものに使うべき/ほかの国のものに使うべきでない、という話には根拠がない。ましてや「海外で常識」というのは少なくともウソ
・フォントの歴史を含めながら行われるこだわりのデザインワークはロマンティックだと記者は思う
以上、フォントがまた少し好きになった纐纈タルコでした。
(取材・文=纐纈タルコ/フランス語協力=鷹泊千里)
▲ 「Bodoni」フォントのサンプル。フランス語でも違和感がないように見えるが
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