毎年、米ハーバード大学では犯罪科学捜査関係のセミナーが開かれています。世界中の警察関係者が集まって人間の凶悪な暗部を日々探求するこのセミナー、始まったのは1945年だそうですが、驚くなかれ、創設者はある人形造りの好きなおばあちゃん(当時67才)だったのです。

彼女の名前はフランセス・グレスナー・リー。このおばあちゃん、実は「アメリカ犯罪科学捜査史の母」と言われるほどの人物。ユニークな経歴もさることながら、彼女をさらに有名にしたのが「血塗られた人形の家」とでも言うべき自作の奇妙なミニチュア模型です。今回は彼女とその模型についてご紹介いたしましょう。

■お嬢様育ち
彼女は米シカゴで1878年に生まれました。農業機器メーカーの社長令嬢として何不自由なく育ち、19才で有名弁護士と結婚。3人の息子をもうけて36才で離婚……とここまではさして珍しくない話ですが、彼女が凄いのは、当時の男性社会の中で犯罪科学捜査という特殊な分野をほとんど独学で学んだことです。

■ミステリー好きから犯罪の専門家に
20代の頃、弟の友人で当時まだ新しい分野だった法医学の新進気鋭学者、ジョージ・マグラスに出会います。大のミステリー好きの彼女、マグラスがシャーロック・ホームズばりに殺人事件を科学的に解決していく話を聞いていくうち、その関心に火が着きます。

■お金とコネを最大限に活用
マグラスの導きで彼女は猛勉強を開始。恵まれた環境、つまりお金とコネをフルに活用して膨大な資料を買い漁り、特殊な講義や犯罪現場、解剖現場にまで積極的に出向いて知識を吸収していきます。

いつしか彼女は、現場の捜査官たちから意見を求められるほどのエキスパートにまでなり、皆にMother Lee(リー母さん)と尊敬と親しみを込めて呼ばれるようになっていったのです。

■「血塗られた人形の家」
そんなおり、彼女は若手の捜査官たちから「犯罪現場分析の手法を学ぶ機会の少なさ」について相談を受けます。そこで思いついたのが、犯罪現場をリアルに再現した教材模型を作るという方法。当時の女性の趣味として一般的だったミニチュア作りと犯罪科学教育を合体させるという、シンプルかつ大胆なアイデアでした。

■こだわりの逸品
もともと好きだった裁縫などの技術を活かして、人形や服や家具などをほとんど全部手作り! 死体のポーズを正確に決め、腐敗具合に沿って科学的に彩色。靴下までマチ針で手編みし、薬瓶の処方箋や新聞の日付、壁に飛び散る血糊や凶器などの細部も、徹底して再現するこだわりようです。

こうしてできあがった約2.5✕30センチの「謎の死の現場」は、警察官や検死官、死体安置所の職員たちから収集した逸話と彼女の知識を元に設定した明確なシナリオに沿っていて、付属資料の目撃証言と合わせて捜査すれば具体的な解決が可能。他殺、事故死、自殺などバリエーションにも富み、捜査官たちの観察眼と科学的な分析力が試されるのです。

彼女はこれをNutshell Study of Unexplained Death(不可解な死に関する木の実大の習作)と呼び毎年数体を作成。「木の実」というのは、「事実だけを求め、木の実の中にある真実を見つけ出しなさい。」というある刑事の教えから来ているのだとか。18体ほどが今も現役で教育に使われているそうです。

いかがでしたか? ホームページDeath in Dioramaでは写真を使って実際に捜査してみることができるので、ミステリー好きな方はぜひ!

(文=黒澤くの)
参照元:mentalfloss.com(http://goo.gl/gVlvP)、deathindiorama.com(http://goo.gl/ksCHG