毎年4月になると、私(記者)は思い出すことがあります。かれこれ20年以上前になりますが、20歳のときのこと、あまり親しくもない友人から「いい話がある」と突然連絡がありました。のちに同じような話が、別の友人からも持ちかけられたのです。就職して間もないフレッシュマンの皆さんは、「いい話がある」という言葉に注意してください。

・親しくない友人
親しくない友人とは、同じ学年で顔は見知っているけど話したことがない人や、部活動の大会でたまに会う他校の同学年の人たち。そんなに身近じゃないけど、知らないわけじゃない。そんな距離感の人たちです。学校を卒業してまったく接点がなくなった状況で、「元気?」と連絡があればうれしいものです。私はその当時、久しぶりに会うのがうれしくて、その彼に会いに行きました。

・微妙な接点な人たちの集まり
「いい話がある」、その誘いに乗って訪れた先は、誰の家なのかわからない民家でした。なぜそこなのか? と疑問に思ったものの、招かれるがままにその家に入ってみると……。そこにはこれまた親しくもない友人たちが集まっています。みんなが顔見知り。しかしお互い在学中に仲良くしていた訳ではありません。みんな微妙な接点でつながった人たちなのです。

・夢の話
そこで最初に尋ねられたのは、夢の話です。「君の夢は? 将来どんな暮らしをしたい?」、就職したばかりの私にもそれなりの夢はありました。しかしなぜ今、その話を親しくもない人にしなければならないのか? よく訳がわからなかったので、適当にその場はウソをつきました。

・洗剤の話
そこで彼は、どういう訳か洗剤を持ち出して、洗剤の効果について説明を始めたのです。「この洗剤いいでしょ」、たしかに良いものです。市販品に比べるとすこぶる色落ちがよく、鏡に塗ったマジックも一瞬で消えてしまいました。尋ねた夢の話は何だったのか!?

・お金と時間と仲間
さらに話は迷走します。「君が夢をつかむためには、何が必要かな?」、は? そんなの知るか! と思いながら「さあ~……」ととぼけていると、彼は用意されたようにこう言いました。「おそらく、この三つが必要になってくると思う。まずお金、お金がなければ何もできないでしょ。それから時間、お金があっても使う時間がないとね(笑)。最後にもっとも重要なものがある。それが仲間だよ(ニッコリ)」。気持ち悪ッ! 僕がその仲間だよって顔すんな! 在学中にほとんど話したことないクセに、今さら歩み寄ってくんなよ!

・実は……
実はこれ、紹介販売(私が経験したものが悪質な「マルチ商法」だったかどうかは不明です)の誘いだったのです。二十歳になり就職していると、保護者の承諾なしにローンを組むことができるようになります。そのタイミングを見計らって、紹介販売の誘いがくるようになるのです。しかも、4月中盤から後半になると新卒者は、在学中を思い出して少しさみしくなったりします。その心の隙間ができる時期を狙ったかのように、あまり親しくもない友人から連絡がくるのです。

・肯定的な意見を言うまで帰れない
少し怖いのは、このあとのこと。話はくだらないと思っても、この謎の民家から易々と出られませんでした。たしかに「お金・時間・仲間」の話は正論でしょうよ。しかし現実がそれを許さないことは、多くの大人が知っています。だからといって、彼らの誘いの全部に乗るわけには行きません。話が済んだなら、そろそろ帰りたいと思っても、ここからなかなか帰らせてもらえないのです。彼らは紹介販売の仲間に、私を加えたいので、私が「一緒にがんばる」といった肯定的な意見を言うまで、外に出そうとしないのです。

・上役登場
さらにたちの悪いことに、上役と思われる人物まで登場し、二人がかりで説得に当たります。とは言っても、体を椅子に縛り付けてまで説得する訳ではないので、話の流れを一切無視して、私は謎の民家を出て行きました。

私の経験上、このパターンは地方ではよくあることで、ファミレスで説得されている若い方を見かけることがあります。もしかしたら、私の経験したことは少し極端な例かもしれません。フレッシュマンの方は念のため頭の片隅にでも留めて頂けると幸いです。

なおこののち、私はこの親しくない友人と、友人でさえもなくなりました。

(文=佐藤英典)