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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのは、4月13日公開の映画『舟を編む』。三浦しをんの同名小説の映画化(本屋大賞第1位)を石井裕也監督が手がけました。辞書の編集部の人々とその家族が織りなす物語。表向きは静かだけど、うちにはとても熱い物を秘めていて、じんわりジワジワと感動が心の奥底へとしみこんでいくような映画なのです。

1995年、玄武書房辞書編集部の編集者の荒木(小林薫)はまもなく定年。後継者がいないことに頭を悩ませていました。ところが営業にちょっと変わった社員がいるとの噂を耳にして、会ってみることに。馬締(松田龍平)は、大学院で言語学を学んでおり、荒木の「右を説明してみて」という質問にいくつか答えた後、辞書を引き始めるのです。そのとき荒木は、自分の後継者が見つかったと思いました。

馬締は辞書編集部で新しい辞書「大渡海」の編集に携わることになります。辞書作りは15年かかると言われ、コツコツと言葉を集めて、形にしていく地味な仕事。でもそんな辞書作りが馬締に向いていました。

言葉集めをしている頃、彼が下宿する家に、大家さんの孫が住むことに。彼女の名前は香具矢(宮崎あおい)。馬締は彼女に胸がときめき、仕事が手につかなくなるほど惚れてしまいます。そんなとき、「大渡海」中止のニュースが舞い込んできて……。

誰でも辞書は手にしたことあるけど、どれくらいの年月でどうやって作られているかを知っている人はあまりいないでしょう。記者も知りませんでした。でもこの映画は、そんな辞書作りの世界を、主人公の馬締を通して丁寧に描き、言葉の持つ深さ、言葉が持つ力を伝えているのです。

馬締は言葉をたくさん知っているのに、その使い方を知りません。だから恋をしたとき、どうやって気持ちを伝えたらいいのか悩んでしまうのですが、そんなとき、下宿の大家さんは「言葉で伝えなさい」と語ります。「そうだ、人と人は言葉で結ばれるのだ。あ・うんの呼吸や目で語る……というのもあるけれど、言わなくちゃわからないこともあるよね!」と、記者も目覚めるような気持ちになりました。

また登場人物たちが全員ベストキャスティングで素晴らしい。原作者の三浦しをん氏が現場を見学に行ったとき、馬締を演じる松田龍平がなりきっていて「松田さんがいることに気づかず、うっかり目の前を通り過ぎるところだった」と言うほど松田氏は自身の個性を消して馬締になりきっています。また辞書編集部で一番明るく、ちょっとお調子者の編集者・西岡を演じるオダギリジョーが、ドンピシャのはまり役!『舟を編む』のコメディリリーフとして、映画に躍動感を出しています。

原作者の三浦氏も映画をかなり気に入っており「繊細さとユーモアのバランスが絶妙で、何度も涙したり笑ったりしました」と、コメントを寄せています。原作小説のファンの方は、読んだ時にイメージが膨らんでいるので「心配」と言う方もいるでしょう。私も『舟を編む』の原作が好きだったので「どうかな」と不安はありました。でも、はっきりいいましょう、原作にかなり忠実です。裏切られることはないと思います。

若干、馬締と香具矢のエピソードが省略されている感はありましたが、この映画の核は、馬締と香具矢のラブストーリーではなく、言葉を編む辞書作りと言葉で繋がる人間関係だと石井監督は思ったのでしょう。

映画を見た後、家で辞書をめくったり、紙質をさわって確かめたり、書いてある言葉を改めて読んだりしました。何しろ辞書作りがスタートして完成するまで15年かかるのですからね! 「これに15年かかるのか……」としみじみ。つい辞書を手に取りたくなる映画『舟を編む』。映画を見て、辞書の重みと言葉の力を改めて感じるという、滅多にない経験をさせてくれる貴重な作品です。

(映画ライター=斎藤香)
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『舟を編む』
2013年4月13日公開
監督:石井裕也
原作:三浦しをん
出演:松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー、黒木華、渡辺美佐子、池脇千鶴、鶴見辰吾、宇野祥平、又吉直樹、波岡一喜、森岡龍、斎藤嘉樹、麻生久美子、伊佐山ひろ子、八千草薫、小林薫、加藤剛ほか
(C)2013「舟を編む」製作委員会