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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画の中からおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのは、ドキュメンタリー『いのちの林檎』です。映画『奇跡のリンゴ』で阿部サダヲが演じた主人公・木村秋則さんが作った林檎で命を救われた化学物質過敏症の母娘と同じ病で苦しむ人々を追跡したドキュメンタリーです。

早苗さんは重度の化学物質過敏症で、家のなかにいても症状は落ち着くことはありません。

窓を開ければ工事の車が往来し、排気ガスを出している。家の前を喫煙者が通ればそのニオイに敏感に反応し、息が苦しくなってしまう。化学物質過敏症は、食材、生活用品、衣類など化学物質が混入しているものはすべて受け付けないのです。便利だと思って使用していたものが、突然自分を襲ってくる恐怖!

早苗さんの発作はとても激しく、痛みと苦しみのあまり叫んでしまうほど。神経、免疫系に大きなダメージを与え、全身倦怠、下痢、不整脈などの症状が突然起こるのです。化学物質に反応するので、薬はおろか、病院にさえ行くことができないという、本当に厄介な病です。

早苗さんは、少し前まで調子よく会話していたかと思ったら、突然苦しみだしてバタンと倒れてしまう。記者はこの映画を見ていて、ヒヤヒヤしっぱなしでしたよ。通り過ぎる人のシャンプーの香りにも反応して、苦しむ早苗さんが、映画クルーと接していて大丈夫なのだろうか……と。でもそこには早苗さんと彼女を支えるお母さんの強い願いがあったのです。

「私達が映画にでて訴えたいのは、世の中の人一人でも多くの人に化学物質過敏症のことを知ってほしいからなの。これ以上、私達のような重症の患者さんを出してほしくないのです」

映画クルーと接すること、症状が起きて苦しむ様もカメラが追い続けることには、大きなリスクがあったはず。それでもみんなに伝えたいと思う早苗さんとお母さんのまっすぐな想いがこの映画にはつまっているのです。

早苗さんが発病したころ、お母さんは何をどうしたらいいのかわからず、いろいろな食材などを試します。しかし、浄水器の水さえ受け付けない早苗さんは4日間も飲まず食わずで、このままだと命が危ない状況に……。そんなとき自然食材のお店に勧められたのが、無肥料無農薬の木村さんの林檎。早苗さんはそれだけは食べられて、命をつなぐことができたのです。

映画は木村さんの仕事も追いかけ、じっくりとインタビューもしています。木村さんが無肥料無農薬の林檎栽培に成功した物語は、映画『奇跡のリンゴ』にもありますが、失敗を繰り返して、死も覚悟して、林檎畑再生のきっかけを得るのです。雑草が生い茂り、虫がいっぱい生息する木村さんの林檎畑は、見たこともないほど背の高いタンポポが咲いています。栄養たっぷりの大自然だからこそ、タンポポも元気に大きくなっていくのでしょう。

この映画は早苗さん以外の化学物質過敏症の家族も追いかけていますが、みなさん苦しみながら生活をしています。化学物質は便利な生活を提供するかわりに、体をむしばんでいく諸刃の剣なのです。

そんななか、木村さんの林檎は、化学物質過敏症に苦しむ人にとっては、暗いトンネルの中の一筋の光だったかもしれません。「早苗さんもここで一緒に林檎の収穫手伝えば、元気になるんじゃないの?」。木村さんの林檎畑を見ながら、そんなことさえ思ってしまいましたよ。

この映画には化学物質過敏症という病の存在と、守らなければならない物とは何か……ということも同時に教えてくれる映画。できるだけ多くの人に見てほしいと思います。

(映画ライター=斎藤 香)
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『いのちの林檎』
2013年7月13日公開
監督:藤澤勇夫
(C)2012 ビックリ・バン