【最新公開シネマ批評】映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

今回ピックアップするのは、『かもめ食堂』(2006)『彼らが本気で編むときは、』(2017)の荻上直子監督最新作『川っペりムコリッタ』(2022年9月16日公開)です。キャストは、松山ケンイチさん、ムロツヨシさん、満島ひかりさん、吉岡秀隆さんなど豪華メンバー。

ひと足お先に試写で観させていただいたのですが、ハイツムコリッタで築かれていく住人同志の交流が心に響いちゃって……。それでは、物語から!

【物語】

北陸の古い集合住宅「ハイツムコリッタ」に引っ越してきた山田(松山ケンイチ)。彼はこの地で、人と関わらず、ひとり静かに暮らしたいと思っていました。

そんな彼のささやかな幸せは、風呂上がりの冷たい牛乳とほかほかの白いごはん

ところがある日、隣に住む島田(ムロツヨシさん)が「風呂に入らせてほしい」とやってきました。その日を境に、静かに暮らしたいという山田の願望とは裏腹に、島田は毎日やってきて、ごはんまで食べていくように。

やがて山田は大家の南(満島ひかりさん)や墓石売りの溝口(吉岡秀隆)など、ひとクセある「ハイツムコリッタ」の人たちと関わりを持つようになるのです。

【ごはんがつないだ山田と島田のご近所付き合い】

まず冒頭から心をグッと掴んでくるのは、ムロツヨシさん演じる島田。

山田の部屋の周りをウロウロしたかと思うと急にドンドンっとドアをノックして、「お風呂貸して」とズカズカ入ってきます。お次は茶碗を持参して「炊き立てのごはんを食べさせて」とまたもズカズカと入ってきます。

「ごはんって、ひとりで食べるより、誰かと食べる方が美味しいのよ」とか言って。

「絶対にこの人、ヤバイ人じゃん!」と思ったのですが、そのうち自分の畑で収穫した野菜を山田のために持ってくるように。

最初こそ困惑していた山田ですが、だんだん島田が自分の部屋でごはんを食べることが日常になっていく。仲良しじゃないし、会話が弾むわけでもない。でも、毎日一緒にごはんを食べる。もはや語り合なくても分かり合える家族のよう。

最初に抱いた島田のヤバさがどんどん緩和され、山田が島田を受け入れていく……その流れが実に自然なんです。

人との交流を断ちたいと思っていた山田が住人たちと交流するようになったのは、島田のおかげかもしれません。

観終わったあと「人生いろいろあるけど、しんどくなったら、この映画を観よう」と、心にじんわり沁みる作品でした。

【人生は過去で出来ている】

ムコリッタの住人たちは、みんなワケありです。

島田は過去にあまり人に言いたくない秘密を抱えており、大家さんの南は夫を亡くしたシングルマザー。

子どもと一緒に墓石を売り歩く溝口(吉岡秀隆)は、口調こそやさしいけど、どこか不気味な印象もあります。

でも「過去にあった “何か”」は、彼らだけではなく誰しもが持っているものではないでしょうか。

抱えているものの重さは人それぞれだけれど、過去があっての人生。それとどう折り合いをつけていくかは自分にしかわかりません。けれど、誰かと一緒にいて、楽しい時間を共有できると「人生満更でもないな」と思ったりして。

そんな風に、周囲の人の明るさや暖かさに触れたときの喜びをこの映画は思い出させてくれるのです。

【荻上ワールドは食事シーンが最高】

荻上直子監督作品では食事シーンの演出にもご注目。この映画のフードコーディネーターは『かもめ食堂』などの飯島奈美さんがつとめています。

映画を観たらみなさんも「茶碗にこんもり盛られた白いごはんが美味しそう」と思うはずです。

山田はイカの塩辛工場で働いているから、ごはんのお供はイカの塩辛。山田と島田が、イカの塩辛でもりもりとごはんを食べる姿は食欲をそそります。そして後半登場する、みんなで食べるすき焼きシーンも最高なんです!

ちなみにムロツヨシさんは、荻上監督から「チャーミングなムロツヨシはいらないから」と言われ、いつもの人懐っこい感じは封印。厚かましい島田をパワフルなお芝居で魅了しています。

今年のムロさんは『神は見返りを求める』に続き、本当に素晴らしくて、いい役者であることを本作でまたまた証明してくれました!

『川っぺりムコリッタ』ぜひ映画館で。観終わったあと、とても温かく優しい気持ちになれる作品です。

執筆:斎藤 香(c)pouch
Photo:© 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

『川っぺりムコリッタ』(2022年9月16日より全国ロードショー)
監督 / 脚本:荻上直子
出演:松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、江口のりこ、黒田大輔、知久寿焼、北村光授、松島羽那、柄本 佑、田中美佐子、薬師丸ひろ子、笹野高史、緒形直人、吉岡秀隆