【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。

今回ピックアップするのはレア・セドゥさん主演の映画『それでも私は生きていく』(2023年5月5日公開)。世界で活躍するフランスの人気女優で『007スペクター』(2015年)、『007ノータイム・トゥ・ダイ』(2021年)でのボンド・ガール役が有名ですね。その彼女の最新作は、30代のシングルマザーの子育て、父の介護、新しい恋を描く物語。

では、物語から。

【物語】

サンドラ(レア・セドゥさん)は夫を亡くしたあと、通訳の仕事をしながら8歳の娘リン(カミーユ・ルバン・マルタンさん)を育てています。育児と仕事の合間に、病で薄れゆく記憶に戸惑う父(パスカル・グレゴリーさん)を見舞う日々。

そんなある日、ひょんなことから旧友のクレマン(メルヴィル・プポーさん)と再会しお互いに惹かれ合うのですが、彼には妻と息子がいたのです……。

【30代女性の等身大の姿をドキュメンタリータッチで描く】

主人公のサンドラの日々をカメラが追い続けるというまるでドキュメンタリーのような作品でした。

その生々しさの一端を担っているのは主演のレア・セドゥさんのナチュラルな存在感です。冒頭、父が暮らす家に見舞いに行くシーンの彼女は、トレーナーにジーンズ、ほぼスッピンでラフに登場。病状が悪化していく父に優しく接するサンドラですが、変わりゆく父を前にどこか寂しそうです。

そして、育児や介護に奔走する彼女の日常に恋愛がプラスされるのですが、それが “不倫” って……。

【好きだから相手の全てを受け入れる】

旧友のクレマンと恋に落ちるサンドラですが、彼は既婚者。最初こそラブラブですが、奥さんにバレたあたりから彼は「家族を裏切れない」とか言い出します。

サンドラは理解を示し、ヒステリックに怒ることはありませんが「遊びじゃないから」と、まだ好きなのに諦めなければならないのか、と涙したりするんです。あぁ、辛い……。

それでもふたりの関係がドロドロの修羅場にならないのは、サンドラがずーっと耐えているから。

浮気がバレたあと、サンドラの元を去ったのに、またちゃっかり帰ってきて「君のことが忘れられない」とか言って関係を継続するクレマン。本当に自分勝手な男で、観ているこちらからすれば「なんなのよ!」と腹が立つのですが、サンドラは何も言わずに受け入れちゃうんです。惚れた弱みなのかなあ。

フランス映画のヒロインって男性を振り回したり、対等でいたいという気が強いイメージがあったのですが、本作のサンドラは自己主張が控えめで珍しい女性像だと思いました。

【育児、介護、恋愛、フランス女性の人生事情】

この映画はサンドラの恋愛だけでなく、誰もが人生で直面する問題もしっかり描いています

自分の人生を軌道に乗せるのに精一杯の20代は、仕事、恋愛に結婚と自分のことで頭がいっぱい。でも年齢を重ねていくと自分のことだけに突っ走れなくなる。結婚して子どもを持てば育児、親が高齢になれば介護、とほかに考えることがたくさん出てくるんですよね。

それはフランスも同様。病院側から、突然出ていってくれと言われるたびに、サンドラが母親や姉妹と介護施設を懸命に探す様子など、どこの国も一緒なんですね。

【目の前の出来事を受け止めて、ちゃんと生きる】

育児、介護、そしてままならぬ恋愛。それぞれにきちんと対峙しているサンドラですが、彼女は問題に直面したとき、周囲の人の協力してもらうことに躊躇はありません。必死に頑張るというより、成り行きを受け止めながら、自分のやり方でマイペースに生きている感じがしました。

成長期の娘の問題も、父親の介護も周囲にすぐに相談したり、家族が集まったりして話し合います。誰も問題に目を背けたりせず、ちゃんと向き合おうとする

サンドラのお父さんが弱っていく姿を見るのはこちらも辛いけど、周囲に助けを求めて家族が協力してやっていけば、なんとか踏ん張れるのではないかと思ったりしました。

唯一、ひとりで耐えているのはクレマンとの刹那的な恋愛……。

サンドラの日常を淡々と見せていく作品なので、ドラマチックな感動を期待すると拍子抜けするかもしれません。でもレア・セドゥさんはとても魅力的だし、30代シングルマザーのフランス女性の日常が垣間見られる作品ですから、じっくり楽しんでいただきたいです。

執筆:斎藤 香(c)Pouch

それでも私は生きていく
(2023年5月5日より全国順次公開)
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
出演:レア・セドゥ パスカル・グレゴリー メルヴィル・プポー ニコール・ガルシア カミーユ・ルバン・マルタン