【最新公開シネマ批評】映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
ピックアップするのは、稲垣吾郎さん、新垣結衣さん、磯村勇斗さんが出演している話題作・映画『正欲』(2023年11月10日公開)。原作は朝井リョウさんの同名小説です。人には言えない秘密を抱えた人たちの救いになるような傑作でした。
では、物語から。
【物語】
広島のショッピングセンターで働く桐生夏月(新垣結衣さん)は、実家暮らし。職場で元同級生に偶然再会し、同窓会に誘われます。最初は気乗りしなかったものの、佐々木佳道(磯村勇斗さん)も来ると聞いて心が動きます。だって、夏月と佳道は “ある秘密” を共有していたから。
いっぽう、横浜で検事として働く寺井(稲垣吾郎さん)は、不登校の息子を巡った教育方針の違いで妻(山田真歩さん)と心がすれ違っているよう。
そして、ダンスサークルに所属する大学生の諸橋大也(だいや / 佐藤寛太さん)と同級生の神戸八重子(東野絢香さん)らの秘密と葛藤。
一見なんら関係なく思えるそれぞれのエピソードが、ある事件をきっかけに交差していくのです……。
【ガッキーの目が死んでいる】
観終わったあと「すごい映画を観た!」という充実感でいっぱいになりました。
冒頭、ガッキー演じる夏月が回転寿司で食事しているシーンが映し出されます。そこでアップになったガッキーの目は、まるで生きる意欲はゼロなくらい死んでいるんです……。
そんな彼女の表情がパッと変わるのは、横浜に引っ越した佳道が同窓会に来ると聞いたとき。
ふたりの回想シーンにより、夏月と佳道は “とある秘密” を共有していて、恋愛とは違うソウルメイトのような関係なことがわかります。
秘密を抱えたまま、発散することもできず、退屈な毎日を過ごしてきた夏月にとって、佳道の帰郷は希望だったのでしょう。
【距離が縮まらない大学生の大也と八重子】
ダンスサークルに所属する大学生・大也は秘密を抱えて葛藤しながらもひとりで生きています。なので、何かと関わってくる八重子がうっとうしくてたまりません。
おそらく八重子は大也が何かを抱えていることを感じ、その苦しみを理解したいみたい。でも、夏月と佳道のふたりとの決定的な違いは、抱えている秘密を共有できないことです。
【常識と普通が家庭を壊していく】
検事・寺井の悩みの種は、息子が不登校なこと。しかし、常識や普通の一線を越えることを好まないので、そんな息子の心に寄り添うことをしません。
幼いながらも自分の生き方を模索している息子の味方をする妻のことも理解できなくなり、家族は完全に歯車が狂っていきます。
そんな寺井が信じているのは、一般的なマジョリティの生き方。そこからはみ出すことを良しとしない。彼が見ているのは個人ではなく世間なのです。
彼は自分の何が悪いのかわからないから、前進できずにその場に留まっているだけ。その姿がだんだん痛々しく感じてしまいました。
【何気ない演技が素晴らしすぎた!】
新垣結衣さんは、可愛いガッキーの殻をついに破りました!
つまらない毎日に死んでいる心が、佳道と再会したことをきっかけに血が通っていく感じを見事に体現しています。それもマイペースに淡々と、見ているこちらの心に染み渡る演技で。磯村勇斗さんも安定の素晴らしさです。
そして稲垣さんは常識外のことを受け入れられない男を嫌味なく演じています。妻や息子が変わっていく姿も理解できず、でも自分の何かダメなのかがわかっていない様子がなんだか不憫で。この何気ない名演は評価されるべきだと思いました。
【若いふたりのお芝居に感動】
大也を演じた佐藤さん、男性が苦手なはずなのに大也だけは大丈夫な八重子を演じた東野さんのお芝居は初めて観ましたが、このふたりも良かった。
特に東野さんのシーンは、まるで体温を感じるような生々しさがありました。これからの東野絢香さんに注目です!
重いテーマを扱っているけど、最後に希望が見え、救われた気持ちになる映画『正欲』。ぜひぜひ劇場で観てくださいね!
執筆:斎藤 香(C)pouch
Photo:©2021朝井リョウ/新潮社 ©2023「正欲」製作委員会
『正欲』
原作:朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊)
監督・編集:岸善幸
脚本:港岳彦
出演:稲垣吾郎 新垣結衣 磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香
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