【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
ピックアップするのは『ドライブ・マイ・カー』で第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督の最新作『悪は存在しない』(2024年4月26日公開)です。ドラマチックなことは起こらないのに、観客をのめり込ませる濱口監督の演出力にうなる作品! では、物語から。
【物語】
長野県・水挽町(みずびきちょう)は自然が豊かで水が美味しい場所。代々、この町で暮らす巧(大美賀均さん)と娘の花(西川玲さん)の暮らしは薪を割り、水を汲む毎日。とても慎ましく暮らしています。
そんなのどかな町の近くにグランピング場を作る計画を都心の芸能事務所の高橋(小坂竜士さん)と黛(渋谷采郁さん)が持ってきます。説明会を開き、住人たちを説得しようとするけれど、森の環境や水資源を無視した杜撰な計画に、住人たちは反対しますが……。
【静かな暮らしからじわじわと感じる不安】
冒頭は美しい森と空の景色が延々と続きます。寝転んで空を見ているような眺めはマイナスイオンを浴びるような心地よさです。
しかし、薪を割り、水を汲むという自然と歩む生活を送る主人公の巧と住人の元に芸能事務所がグランピング施設を建設すると説明会にやってきたときは、この美しい景色の中で何が起こるんだろうという不安もちょっぴり。
なぜ芸能事務所がグランピング施設を運営するかというと、コロナ禍のあおりを受けた芸能事務所が政府からの補助金目当てに計画したものだったのです。
【芸能事務所 VS 住人のバトル】
しかし、計画は杜撰で、この土地のことを全く調査してないことが説明会でわかります。説明責任を果たせば、あとは進めてオッケー的なノリでやってきたことが見え見え。そこを住人たちに猛烈に突っ込まれるのです。
グランピング施設を作れば、田舎に都会の人間がたくさんつめかけ、経済的に潤ってうれしいだろう〜という勝手な憶測で物事を進めようとする芸能事務所の高橋と黛。それが余計なお世話なんですよ、頼んでないし!
でも都会の人間の傲慢さがリアルに浮き彫りにされて、そこを住人にコテンパンに論破されるこのシーンは痛快でしたね。
若者はカッとしてイキっちゃうのですが、土地のことをよく知っているシニアの住人は声を荒げることなく、理路整然と都会の人間がやろうとしていることを見通し、指摘していく。そしてその言葉は、高橋と黛の心も動かすのです。
【話にのめり込ませる濱口監督作のセリフ】
濱口監督作『偶然と想像』でも、女性ふたりが車内で恋愛について延々と語るシーンがあり、セリフからそれぞれのキャラクターが浮かび上がっていました。
本作でも説明会のシーンはもちろん、説明会後、高橋と黛が車中で語るシーンで町の人たちへの意識が変わっているのがよくわかります。そして不器用ながらも懸命に歩み寄ろうとするんですよ。
説明会では悪役のような存在だったのに、ステレオタイプの悪役にせず、何気ないセリフのやり取りでキャラクターを明確にしていくところはさすが! このふたりの変化が後半の物語を牽引していくのです。
【主人公と娘とラストの解釈】
グランピング建設と並行して、巧と娘の生活も描かれます。巧は、仕事終わりで公園で待っている娘を迎えにいくのですが、いつもお迎えが遅いんです。このお迎えが遅いことが、のちの出来事につながっていきます。
ネタバレになるので多くは語れませんが、鹿が野生の象徴として描かれており、大自然の美しさと野生の猛々しさは同じ線上にあるのだろうか……と。そこで生きる人間は、自然に癒され、野生に振り回されながら共存していくんだなと考えさせられました。
ラストはいろんな解釈ができるので、映画鑑賞後、ぜひ皆さんで語り合ってほしい作品です。
執筆:斎藤 香(c)pouch
Photo:2023 NEOPA / Fictive
『悪は存在しない』
(2024年4月26日より全国順次ロードショー)
監督・脚本:濱口竜介
音楽:石橋英子
大美賀均 西川玲
小坂竜士 渋谷采郁 菊池葉月 三浦博之 鳥井雄人
山村崇子 長尾卓磨 宮田佳典 / 田村泰二郎
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