【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。

今回ピックアップするのは映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年8月20日公開)です。

映画『寝ても覚めても』(2018)の濱口竜介監督の最新作。

今年のカンヌ国際映画祭で脚本賞、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞の独立賞を受賞するなど、評価の高い作品で、主演は、西島秀俊さん。原作は村上春樹の短編「女のいない男たち」をベースに濱口監督と大江崇允さんが脚色しました。

【物語】

舞台俳優で演出家の家福(西島秀俊)は、妻の音(霧島れいか)と幸せな日々を送っていました。しかし、音には秘密があり、家福はそれを知りつつ、彼女に問うことがないまま、音は亡くなってしまいます。

家福は、妻の死と向き合えず、空虚な心を抱えたまま、2年後、広島で行われる演劇祭で舞台の演出をすることに。彼は専属運転手として雇われたみさき(三浦透子)と出会い、彼女の過去を聞いているうちに、自身の過去と音との関係と向き合うことになるのです。

【セリフの洪水に溺れそうになりながらも引き込まれる世界】

カンヌ国際映画祭で4冠に輝いた作品ですが、最初は、正直とまどいました。

家福と音の会話は普通の夫婦の他愛もない会話ではなく、戯曲をお互いに語り合う、セリフの応酬なので、物語の世界にスっと入っていけず、手強い映画という印象だったのです。

しかし、家福が「ワーニャ叔父さん」という舞台を演出するにあたり、広島へ行き、専属ドライバーのみさきと出会うところから、物語はゆっくり動き始め、あっとう間に映画の世界に引き込まれていきました。

【みさきとの出会いが閉ざした扉を開いていく】

みさきの運転は、車に乗っているのを忘れさせるほど上手いと家福は絶賛するのですが、彼女は淡々と自分が運転に長けている理由を語ります。

北海道の小さな村で、エキセントリックな母のもとで育った彼女は、学生の頃から母親のために運転しており、辛い思いもたくさんしてきた人でした。運転は身を護る術でもあったのです。「自分はこれしかできない」と母との関係を語るみさきに、家福は音との関係について見つめ直し、自分の思いを吐露していくのです。

家福とみさきの会話は、過去を語るものが多いのですが、回想シーンはなく、語りだけ。それでも、それぞれの人生が目の前に立ち上がってくるよう! 

これは西島さんや三浦さんの演技の素晴らしさはもちろんですが、濱口監督の演出や脚本の巧さでしょう。ふたりの言葉にのめり込んでしまい、聞き入ってしまうのです。

【多国籍でさまざまな言葉が飛び交う舞台と岡田将生の魅力】

もうひとつ面白いのは、家福がオーディションで選んだ役者たち。実際に韓国、台湾、フィリピンなどから濱口監督がオーディションで選抜した俳優たち+岡田将生さん演じる俳優・高槻との多言語による舞台練習のシーンは「こうやって演劇は作られていくのか」と興味深く見ることができます。

実はこの高槻という男が、後半のキーパーソン。最初から言動が危なっかしく、家福に自分を理解してもらいたいと思う一面と自分自身をコントロールできない一面があり、ひとりでは立っていられない男なんですよ。

そんな高槻を演じる岡田将生さんがまたすごくいい! 岡田さんは美しいルックスに目が行きがちですが、実はめちゃくちゃ演技巧者! 彼の存在は演出家・家福にとってはやっかいなのですが、音のファンだという高槻の言動は、家福から妻・音の真実の姿をあぶりださせていくのです。

この映画は、一人の男の再生の物語であり、自身が蓋をしていた認めたくない、見たくない妻の秘密と向き合うまでを、さまざまな人物との交流と会話でじっくり丁寧に描いていきます。

劇的な何かが起こるわけではないけれど、ジワジワと心に染み入ってくるよう。179分という長尺を感じさせない静かで強い力を感じる作品でした。

執筆:斎藤 香 (c)Pouch

ドライブ・マイ・カー
(8月20日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー)
原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大江崇允 音楽:石橋英子
出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか/岡田将生
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会