【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、ネタバレありの本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』(Amazonプライムビデオ配信中)です。
先日発表された第93回アカデミー賞では、作品賞、主演男優賞、助演男優賞など6部門にノミネートされ、編集賞と音響賞を受賞。この「音響賞受賞」は大納得!
というのは、本作は聴覚障害者になったメタルバンドのドラマーのドン底からの再生を描いているのですが、彼が聞こえるわずかな音の世界を、観客も追体験できるように描かれている画期的な感動作なのです!
【物語】
メタルバンドのドラマーとして活躍していたルーベン(リズ・アーメッド)は、恋人のルー(オリヴィア・クック)と共にトレーラー暮らしをしながら、音楽活動にのめり込んでいました。
ところが、あるときから徐々に聴力を失い始め、医者に「これから急速に悪化する」と言われます。
そこで、ルーベンは、ろう者の支援グループに泊まりで参加。音のない世界に適応する術を学ぼうと、責任者ジョー(ポール・レイシー)の指示に従うことにします。
グループの人たちとも打ち解けていくルーベン。しかし、彼はどうしてもバンドで活躍していた日々が忘れられず……。
【聴力を失っていくドラマーの葛藤】
大音量のメタルロックの世界でノリノリでドラムを叩いていた主人公が、聴力を失っていくなんて、これほど辛いことはないと想像できます。
完全に聞こえないのではなく、聴力が2割くらいになってしまうというじれったい感じがなんともリアル。音がめちゃくちゃ遠く聞こえるんですよ。
で、一時はショックで荒れまくったルーベンですが、現実を受け入れて、支援グループでは、子供たちにドラムを教えることでコミュニケーションを取れるようになります。
だんだん適応していく姿を見て、ジョーに「ずっとこの施設にいてもいい」と言われるんです。
でも、ふと思っちゃうんですね「俺は、一生このままなのか?」と。
メタルバンドでドラム叩いて、歓声を浴びていたあの頃の自分をもう取り戻せないのか、恋人と会うこともできず、ずっと音のない世界で静かに暮らしていくのかと。
ルーベンは「そんな人生を歩みたくない、自分はあの頃に戻りたい!」と思うわけです。
【元の生活に戻るためにルーベンがしたこと】
最初に医者に診てもらったとき「内耳インプラントがある」と言われたことを思い出したルーベン。
それはとても高額で彼には手が届かないはずが、彼はとても大切なものを手放して内耳インプラントの手術をしようとするのです。
ここから先は映画を観ていただきたいのですが、本作は、聴力を失った人が現実と向き合い、音のない世界を日常として自分になじませていくまでを描いた作品なのです。
ジョーの施設は、そのことを教えてくれるコミュニティであり、聴力を失った人に新しい生きる世界を提供してくれる場なのかなと。でもルーベンは、そのことを受け入れられなかったから、手術を受けようとするのです。
【音のない世界を疑似体験】
この映画は冒頭、ルーベンがメタルバンドのドラマーとして大音量のライブで活躍する姿を映し出します。
そこから徐々にルーベンが聴力を失っていく様子を音で表現していくのです。
キーンという雑音がしたり、突然音が消えたり、目の前の人の声が遠くに聞こえたり、会話がままならなくなっていったり、そのあたりがすごくリアルに表現されていて「聴力を失うというのはこういうことなのか」と、映画を見ながら疑似体験したような気持ちになります。
ルーベンの音を失う恐怖や元に戻りたいと思う気持ちはすごくわかるけど、音のない世界で生きることは決して不幸じゃないということも描いていて、そこがとても良かった!
どんな状況でも、人には生きる場所が与えられるんだと思えましたから。また、この映画を観たあと「世界は音に溢れすぎているのかも」とも思いましたね。
ちなみにルーベン演じるリズ・アーメッドとジョー演じるポール・レイシー、それぞれアカデミー賞の主演賞、助演賞の候補になりました。
受賞はかないませんでしたが、いずれも名演技で、二人の力が本作を一段階レベルアップさせているといっても過言ではありません。本当に素晴らしかった!
Amazonプライムビデオで配信されているので、ぜひぜひ観てほしい、名作の1本です!
『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』
Amazon Prime Videoにて独占配信中
監督:ダリウス・マーダー
出演:リズ・アーメッド、 オリヴィア・クック、ポール・レイシー、ローレン・リドロフ、 マシュー・アマルリック
(C)Courtesy of Amazon Studios
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