【最新シネマ批評】
映画ライター斎藤香が最新映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、レビューをします。
今回ピックアップするのは、沼田まほかるのミステリー小説の映画化『ユリゴコロ』(2017年9月23日公開)です。吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチという、見目麗しい演技派俳優たちが織りなす謎めいた物語。
これが前半は狂気に満ちていて、後半は愛に満ちているという衝撃的な作品なんですよ。では物語から。
【物語】
カフェを営む亮介(松坂桃李)は、婚約者の千絵(清野菜名)との結婚を控え幸福でした。ところが、自分の父が余命いくばくもないことがわかると同時に、千絵がこつ然と姿を消してしまいます。絶望的な気持ちを抱えた亮介。
ある日、彼は実家で「ユリゴコロ」と書かれたノートを発見します。ノートを開くと細かい文字が目に飛び込んできました。
「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通と違うのでしょうか……」という一文で始まるこのノートは、“殺人鬼の手記”だったのです。
【狂気の前半はヴィジュアルの衝撃度が高く失神しそう……】
亮介が「ユリゴコロ」を読みだすと、そのノートを書いた殺人鬼の女性、美紗子(吉高由里子)のモノローグから彼女の物語へと場面は転換していきます。
幼少時代、母に買ってもらったお人形に残酷な事をする美紗子。そして、その残酷な行いは、人形から人間へと変わっていくのです。
自分に優しくしてくれたお友だちを見殺しにし、通りがかった小学生を殺し……。美紗子は殺しを積み重ね、人の死を感じて、生きている実感を得ていきます。この狂気は、大人になっても続き、彼女は、リストカットしないと生きていけないみつ子(佐津川愛美)と出会うのです。
みつ子は、いつも顔色が悪く、片腕に血がにじんだ包帯を巻いており、包帯をとくと無数のリスカの跡がありました。自分の手首から噴き出る血液と伴う痛みが、彼女にとっての「生きている証」なのです。
みつ子は手首を切っては血をどくどく流して、恍惚の表情で気持ちよさそうなのですが、見ている方は辛い、相当キツい。私なんて今これを書きながら、リスカシーンを思い出して貧血になりそう……。
人を殺さないと生を感じられない美紗子と、自傷しないと生を感じられないみつ子は、まるで狂気の双子姉妹。みつ子は、美紗子にとって初めてシンパシーを感じた他人でしたが、お互いが惹かれていたのは狂っているから。こんな形でしか他者とわかりあえないなんて、美紗子とみつ子は本当に悲しい人間なのです。
【前半とはまったく変わり、愛に満ちあふれた後半の展開】
感情のない人間の狂気をさんざん見せられて、美紗子はどうやって生きていくのかと思ったら、売春婦になり、体を売って日銭を稼ぐようになります。そんな時に知り合ったのが洋介(松山ケンイチ)。彼は学生時代の過ちから人生をドロップアウトして、夢も希望もない毎日を歩んでいる男です。
美紗子は、そんな彼を誘うつもりで声をかけると、洋介は体を求めることなくお金をくれました。そのうち二人は一緒に過ごすようになり、無償の愛を捧げてくれる彼によって、美紗子の狂気は薄れていくのです。実沙子は母親にもなりますし、愛を知って変わるんです!
感情が芽生えて、血の通った人間になっていく美紗子。絶望的な前半から希望の光が見える後半は、穏やかな愛に包まれて、見ているこちらも気持ちが楽になっていきます。
けれども美紗子の過去の過ちを知る者や、明らかになる真実は、幸福感に満ちていた美紗子を再び苦しめることに。幸福を知ってしまったからこそ、愛する人を守りたい気持ちが芽生えた美紗子は苦しむことになるのです。
【現在と過去がひとつになる巧みな物語】
そして、松坂桃李演じる亮介は何をしているかというと、千絵を探し続けます。彼女の同僚だった細谷さん(木村多江)が調べてくれた情報により、千絵が失踪した理由を知った亮介は、彼女を取り戻そうと必死になるのです。
その一方で彼は「ユリゴコロ」を夢中になって読み進めますが、後半で “あること” に気づきます。そこから、前半から続く様々な伏線がするすると回収され、次々と真実が明らかに。
この映画を見る方、途中で「もしかして……?」と気付くことがあるかもしれません。でも「そんなに簡単にわかったらつまんないじゃん」と思わないでくださいね。真相の一部に気付いたところで、この映画の面白さは、色あせることはありませんから。
むしろ真相がわかったら感動が深まるというか、しっかり愛を感じさせてくれます。
愛情などカケラもなかった前半から、グラデーションのように愛情が色濃くなっていく映画『ユリゴコロ』。前半はエグいシーンが多いので覚悟が必要ですが、やっぱり生きていく為には愛情が必要だし、愛は人を救うんだなあとしみじみ思える作品になっています。狂った女が愛で変わっていくプロセスは本当に感動的。
美紗子の人生が現在の亮介の人生にどうリンクしていくのかも含めて、謎の引きが強く、余韻がハンパない、この秋いちばん必見の日本映画です。
執筆=斎藤 香 (c)Pouch
『ユリゴコロ』
(2017年9月23日より、新宿バルト9ほか全国ロードショー)
監督:熊澤尚人
出演:吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチ、佐津川愛美、清野菜名、清原果耶、木村多江ほか
(c)沼田まほかる/双葉社 (c)2017「ユリゴコロ」製作委員会
▼映画『ユリゴコロ』予告編
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